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「多田作品とは」

ただたけだけコンサート Vol.1 in 京都より

多田作品の魅力は、まず、そういった詩人や詩の選び方、「これしかない」という 「詩の選択眼」とも言うべきものから成立しているのではないでしょうか。まるで、 あたかも詩の中に内在していたとしか思えない歌や音楽を見抜き、それに忠実にメ ロディーとハーモニーを紡いでいるようにも思えます。例えば、これまで私が意識 して取り上げてきた「雪と花火」「東京景物詩」「三崎のうた」(→CD販売して ます!)・・・の一連の白秋のテキストに作曲された作品などは、詩の源に存在する 白秋の官能性や背徳感、逃避的傾向、浪漫的傾向がフォルムを崩さない様式の中に 表現されており、そのアンビバレンツな状態が我々の日常的感性の中に共感を持って 表現されるという点で、多田芸術の真骨頂とさえ思えます。本日は全く領域の異なる タイプにも見える3名の詩人のテキストに作られた作品を集めてみました。そのテ イストの違いとともに共通して根本にある人生に対する哀歓を歌の翼にのせて味わ ってみたいと思います。

【柳河風俗詩】

・・・私の郷里柳河は水郷である。そして静かな廃市の一つである。自然の風物はいか にも南国的であるが、すでに柳河の街を貫通する数知れぬ掘り割りの匂いには、日に 日に廃れゆく旧い封建時代の白壁が今なお懐かしい影を映す。(中略)
水は清らかに流れて廃市に入り、廃れはてたNoskai屋(遊女屋)の人もなき厨の下を 流れ、洗濯女の白い洒布に注ぎ、水門に堰かれては、三味線の音の緩む昼すぎを小料 理の黒いダアリアの花に歎き、酒造る水となり、汲水(くみず)場に立つ湯上りの素 肌しなやかな肺病娘の唇を漱ぎ、気の弱い鵞の毛に擾され、さうして夜は観音講のな つかしい提燈の灯をちらつかせながら、樋(いび)を隔てゝ海近き沖ノ端の鹹川(し おかわ)に落ちてゆく、静かな幾多の溝渠はかうして昔のまゝの白壁に寂しく光り、 たまたま芝居見の水路となり、蛇を奔らせ、変化多き少年の秘密を育む。水郷柳河は さながら水に浮いた灰色の柩である。」――北原白秋『思ひ出』より

北原白秋というと美しい情景を伴って数々の童謡の歌詞が浮かんできます。ただ、詩 人としての彼はむしろ、匂い立つような『浪漫主義』の美の中にどっぷりと浸っており、 大正期特有の色鮮やかなデカダニズムを持ち合わせていたように思います。「柳川風 俗詩」を含む詩集『思ひ出』は明治の末期に編纂されたものですが、当時はフランス の象徴詩が紹介されたこともあって、内容にもレスプリヌーボー、あるいは南欧風の エキゾチシズムが匂っています。実は私の手元にあるかつて柳河で買い求めた詩集 (復刻本)の表紙にもトランプのクインの哀しげな瞳がカラー印刷されていますが、 白秋が好んで描いた題材は、「黒い子猫」であったり、「青いびいどろ細工」「幻灯」 「ウヰスキー」「銀の蜻蛉」・・・など、官能的と言えるような肌触りをもったオブジェ ばかりです。内容は時に残酷で、惨く哀れで悲しく美しく、紅や黒や金や緑青、黄色 や江戸紫など鮮やかで絢爛な色を散りばめながらも、それは入り日に照らされたどこか 哀れな輝きを放っているようなのです。

もう一つ特徴的なのは、例えばこの詩集『思ひ出』の表題が『O*MO*I*DE』と綴られて いることからも分かるが、彼が詩や文の中にローマ字を混在させている点でしょうか。
特に「ONGO」や「GONSHAN」など柳河の方言をローマ字標記することによって、一種の 呪文的な表現とエキゾチックな雰囲気を醸しだすだけでなく、詩を音楽的とも言える 「感覚」の方へ回帰させているとも言えます。・・・水の音にまぎれるように聞こえてく るラッパの音、女の手に薫るかきつばた、三味線のか細いつまびき・・・見え隠れする不 幸な女、不幸であってほしい女への愛憎も見え隠れし、この曲集に描かれた言葉と風 物は、はるかな記憶を辿るような感覚と共に水に浸されたような見事な抒情を形作って いると言えるようです。

【中勘助の詩から】

中勘助は決してメジャーな詩人ではありませんが、その生い立ちは実は高校時代からの 私の一番の愛読書「銀の匙」に詳しくあります。・・・引き出しの中の珍しい形の銀の小匙 の思い出から始まる(マルセル・プルーストにおけるプティ・マドレーヌか!)叙情的 な随筆ですが、彼はこの完璧な随筆で夏目漱石を唸らせながらも、文壇にも登場しなけれ ば、世間に名を成すことも願いませんでした。むしろ人込みや喧騒の社会を嫌い、作家 や詩人というよりも詩的な独自の生活を愛していたように思われます。特に幼い日々の 思い出を綴った言葉や詩の数々は、センチメンタリズムという言葉では片付けられない 独創性と比類のない美しさを誇り、まるで、現実が研ぎ澄まされて幻想になったという ような陶酔の瞬間を漂わせるのです。友禅縮緬の美しい一片で縫われた女の子のお手玉 の描写・・・そのお手玉を取り合って睦みあう小さな恋人たちを見詰める視線などはこのう えなく繊細ですが、世界は勘助の眼差しによって風景になり、風景は彼の眼差しによって 夢や幻想になっているようです。
中勘助の持つこのような典雅な気品と匂い立つリリシズムについても、粋で洒脱な映像的 流れの中に表現しています。組曲は長短のよどみないショットを積み重ね、日常的な身振 りの中に哀歓を超えた「忘れられない瞬間」を見つけ出しながら終曲に向かいます。終曲 の「追羽根」が始まると「今年は良い年になりますように」という思いやりに溢れた幸福 感が会場を包み込むことでしょう。

「絵日傘」・・・・・・・・絵日傘を持って遊ぶ子供の情景に襖越しの呼び掛け・・・
「椿」  ・・・・・・久兵衛さんの家の椿を手毬歌ふうに褒め上げる
「四十雀」・・・・・・睦まじい男女の恋と結婚を四十雀に託してやさしく歌い上げる。
「ほほじろの声」・・・ほほじろの声を聞いて、昔の孤独と今の傷心をまどろみの中で
           抱き締める。
「かもめ」・・・・・・わらべ唄ふうに、しかもほんのりとした色気を香らせてゆりか
           もめをうたう。
「ふり売り」・・・・・遠い時間の彼方から、記憶の中の一場面の、朧気な蘇り・・・
           現実か幻想かと見まごうような一瞬の永遠化。
「追羽根」・・・・・・中勘助の病身の兄嫁に対するいたわりの詩であるが、日常の細
           かなものに対するまなざしと、繊細な表現、匂うばかりの季節
           感を漂わせた代表的な作風の詩。

【白き花鳥図】

北原白秋の詩集『海豹と雲』(昭和4年8月刊行)の中に「白き花鳥図」と題された数篇の 詩があり、そのうちから数編を選んで作曲されています。この作品は当初「黎明」「白鷺」 「白牡丹」「鮎鷹」「柳鷺」の5曲でピアノ伴奏付き男声合唱組曲として1964年に発表され ましたが、関西学院グリークラブの初演後「柳鷺」をはずし「数珠かけ鳩」「老鶏」を加え 6曲構成として無伴奏混声合唱組曲および無伴奏男声合唱組曲に改訂されました。今回の女声 版は当初の混声・男声合唱版を基にピアノ付き女声合唱に再び改作されたものです。
はばたく老鶏の凄み、真昼の深い静けさの中に咲いた白牡丹の様相、永遠の光の中にまぎれ ゆく白鷺…、作品は、まさにシャッターで切り取ったような一瞬一瞬と、そこからあふれ出 す世界観や人生観が品格あるフォルムによって示されているようです。

【わがふるき日のうた】

リリシズムと都会的な感覚を持ち合わせた三好達治は多くの人に愛された詩人ではないで しょうか。彼は1900年に大阪に生まれ、シャルル・ボードレールの散文詩集『巴里と憂鬱』 の全訳を手がけたり、萩原朔太郎らと共に活動をしておりましたが、処女詩集『測量船』を 刊行し叙情的な作風で人気を博しました。後期には文語的定型を守って、独自の古典的詩境 を作り上げていますが、昭和期を代表する抒情詩人としての側面が濃いように思います。

「甃のうへ」・・・明るい春の陽射しをうけて歩く乙女らを描きながら、花びらの
         美しさの後ろ側にある哀傷を歌い上げる。
「湖水」・・・・・不安と焦燥感に満ちたドラマチックな言葉の表出。
「Enfance finie (過ぎ去りし幼年時代)」
      ・・・緩やかなテンポの中に少年期との決別と旅立ちの決意。
         青年への移行期に受ける人生の傷や痛みを歌い上げる。
「木兎」・・・・・素朴な味わいの中にも失われた時間への愛惜が諦念の中に葬られる。
「郷愁」・・・・・永遠の象徴でもある海と瞬間のまたたきである蝶。
         午後の時間を越えていく私のまどろみ。
「鐘なりぬ」・・・切迫した時代(軍靴の音)に対する焦燥と強い意思との相克。
        美意識と緊張感を湛えたまま気持ちの内奥が溢れる出すように歌われる。
「雪はふる」・・・理想郷への届かぬ想いが孤独感のうちに締めくくられる。

※いずれも私自身が20年ぶりくらいに取り組むことになる曲集たちです。詩人の世界と多田 音楽の持つ柔らかい感性が行き交い、ノスタルジーや思い入れに頼り過ぎない豊かな情感が満 ちればと思っています。 

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