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「男声合唱団に託す夢〜全国的に出現するコラリアーズについて」

5月24日(土)東京の紀尾井ホールで「なにわコラリアーズ」創立20周年の記 念演奏会を行ないました。内容的には、得意にしてきたV.Tomisのレパートリ ーに加え、千原英喜、信長貴富、松本望という3名の作曲家による近年の委嘱 曲を一気に演奏するという盛り沢山に過ぎるものでしたが、団の創立一年目に 行なったプログラムが「黒人霊歌」「多田武彦/草野心平の詩から」「宗教曲 集」であったことを考えると、隔世の感もあり、狙い通りの20年間を過ごして これたという感慨があります。狙い通りというのは、私がこの合唱団を設立し た意図が「日本の男声合唱の世界を塗り替えたい」だったからです。
私にとっての唯一絶対の師匠は故福永陽一郎です。かつて「東京コラリアーズ」 というプロフェッショナル男声合唱団が福永陽一郎と畑中良輔によって率いら れ(北村協一、立川清登、平野忠彦等が在籍)日本全国を行脚していたことを ご存知の方も減っているのではないかと推測しますが、大阪の団体「なにわコ ラリアーズ」の名称はこの伝説の合唱団から名前を借りたものです。私がやり たかったことは、仕事にゆとりが出来た世代の男性が大学合唱のOB等で昔を懐 かしんで再び歌を楽しむような男声合唱団ではなく(その楽しみを否定するも のではありません、念のため)アグレッシブに成長していく社会人一般男声合 唱団を作り、新しい男声合唱スタイルを確立することでした。あえて旧態然と した男声合唱のレパートリーを第1回演奏会のプログラムに据えたのは、10年 後、20年後に「これをどう変えていくか」ということを自分に課したかったか らでもありました。おかげさまで20年の歴史の中ではインターネットの発達も あり、世界中のプログラムや楽譜が手に入る時代に変わってきています。 「なにわコラリアーズ」は、新しいレパートリーに積極的に取り組みながらコ ンクールで成果を上げる一方、シンガポールでの「アジアパシフィック合唱シ ンポジウム」、京都での「世界合唱シンポジウム」その他カナダ、台湾等で、 たくさんの世界の舞台を経験させてもらいました。またトルミスやマンティ ヤルビという作曲家ともコンタクトを取りながらその曲を積極的に紹介させ てもらうことも出来ましたし、この夏には韓国ソウルでの第10回世界合唱シ ンポジウムに招待される幸運も得ております。
しかしながら、音楽的な豊かな経験と反比例するようにしてそこで経験しな ければならなかったのは、日本の社会人男性の転勤の多さや激務の現実です。 実は創立20名のメンバーのうち17人が4年以内に東京以遠に転勤してしまうと いう事態に即しており、私の気持ちは何度も折れそうになっております。何 とか気を取り直して、この転勤を逆手にとって、全国各地に散ったメンバー が新しい男声合唱団を設立し「全国コラリアーズ運動」として、文字通り日 本の男声合唱のシーンを塗り替えて行くというのはどうか、という壮大な計 画を仲間と語り合ったものでした。現在コンクール等で活躍中の「お江戸コ ラリアーず」(ネーミングは私)も当初は「なにわコラリアーズ」の多すぎ る東京転勤組を中心として結成されたものでした。20年経過した現在では、 私の教え子等を中心として新潟「えちごコラリアーズ」北海道「どさんコラ リアーズ」なんかの男声合唱団が出現しています。ほかにも期限を切った活 動とか、小規模な男声活動としてコラリアーズの名前が使われていると聞き ます。決して自分一人で束ねて行こうというつもりはありませんが、自分自 身が全力で男声合唱と向き合うことで、影響力や相互の切磋琢磨や交流や活 性が生まれてくるのだと信じています。
私の男声合唱での夢は「男声合唱の力で社会を変えていく」ことです。様々 な形態での合唱指導を経験してきた現在、合唱のポピュラリティを考えたと きに、私は「男声合唱」が最も重要なストロングポイントを持っているので はないかと思っています。生理的にも男声音域には、力強さと柔らかさが共 存し、歌うことで人を引きつける何かがあると思うのです。野外で歌ってい て、混声合唱や女声合唱で人の足を止めさせることは難しいのですが、男声 合唱だと曲の中身に関わらず道行く人が足を止めてくれる確率が高いでしょ う。ただし、活動を社会や文化の第一線にコミットさせるには30〜40代とい う最も忙しい生活をしている社会人男声が合唱を辞めずに歌い続けていくと いう果敢な姿勢が必要なのです。また、それを可能にするためにも魅力ある 合唱活動が必要だと思っています。決して、コンクール等で身内の競い合い にエネルギーを使い果たすのではなく、「歌っている男性が普通にカッコい い」と思われる社会にしていくこと、大人の男性が本気で音楽や歌と向き合 うことで合唱の価値を高め、逆に過剰な労働で閉塞感のある日本社会全体に 成熟のゆとりと品性を獲得していくこと、それが私の「コラリアーズ運動? に託した夢」とでも言うべきものです。

ハンナ 2014年7月号 関西からDに掲載
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