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「子供コーラスから学ぶコーラス」
1.耳を育てるというか、「ふつうに使う」

今回から4回に分けてコラムを書かせてもらいますので 「子どもコーラスから 学ぶコーラス」という総タイトルにしてみました。つまり、子どもコーラスとは 合唱のカテゴリーの片隅にあるのではなく、基盤にあたるものだという思いから です。
身体的な発育が十分でない子ども時代のコーラス技術の ポイントは「耳を育てる」 ことだと思います。そう言うと難しいソルフェージュが浮かび、ちょっとドキッと してしまうのですが、私にとっては、お互いの声をよく聞き合うことがコーラスの 原点であるという意味です。もちろん、聞くばかりでなく自分の声や言葉でしっか り歌うという態度が補完される必要があるのですが、このことは「自分らしくしっか り生きる」ことと「人は支え合って生きている」ことが世界を構築し ているのと同 じことだと思っています。「耳を育てる」ということに関して、例えば厳密な意味で のコダーイシステム、ソルミゼーション等を 実践するにはそれなりに覚悟がいるの かもしれませんが、その要素を上手に抜き出して簡易なハンドサインからハーモニー とカノンに馴染ませることは子どもに限らず「合唱のイントロダクション」として非 常に有効だと思っています。私は子供から年配者に至るまで、まったく同じ練習(ウ ェイトは変えつつ)をしますが、子どもを見ていると、子どもは理屈でなく美しい音 程に歩み寄っていきますし、仮に難しいことを話してもこちらの態度が一生懸命であ れば意図をくみ取ってくれます。うろうろしている子供たちが次の瞬間「おお、ちゃん と聞いていたんだ」という本質的な反応をすることは少なくありません。(大人に限 って大きく頷いた次の瞬間「今本当に聞いていた?」という反応をしがちです ね…) そもそも私たちはCMソングや歌謡曲、ポップスなんかを楽譜からではなく聞き覚えて いますし、日々耳からたくさんの情報を仕入れているはずなのです。幼い頃に近所の家 に預けられていた私は、毎日夕刻になると父が迎えにくるバイクの音を聞き逃さず一目 散に外に飛び出しては周囲から驚かれていたことがありました。子どもたちは、音程だ けでなく感性の鏡を煌かせながらそこに反射する瞬間の音の煌き、声、音 色、メッセー ジ…を聞き分けています。耳は心とも言えます。心の扉を開いて、それらに耳を傾けさせ てやるのが大人の務めだとも言えるで しょ う。そして大人は恐らく考えすぎや、楽譜の 見過ぎや、喧噪の中に(自ら呟くことに必死になりすぎて?)聞き逃しているたくさんの 音や声に「耳を傾けていく必要」があるようにも思います。

2016年『ハーモニー 秋号』より
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