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大学合唱事情


昨今の大学のクラブ活動にとっての問題は尊重すべき「自主活動」という側面をどう 捉えるかという点にもあるのかもしれません。しかしながら、机上の議論を積み重ね るより、例えばふと「学生観」の設定自体をシフトさせることによって、絡まった糸 が解けるようにすっと納得出来ることがあるように思います。
自主性という曖昧な言葉に過剰に振り回されるばかりではなく、学生を(大人とか子 供とかでない…)「発展途上にある存在(大きな可能性を秘めた状態)」として考え てみることは、ある意味様々なことで根源的なものを捉えなおすことにもなると思う のです。

つまり、結果ばかりを追い求めるのではなく、あるいは「自分たちだけで…」とプレ ッシャーを与えたり気負ったりするのでなく、クラブ活動を自分の中の「可能性を広 げたりチャレンジする取り組み」と捕らえてみる見方もあるのではないでしょうか。 例えば、クラブを取り巻くネガティブな要素は観念的なものではなく非常に具体的で す。(・・・キャンパスの分散化傾向、昼夜開講制やタイトでシビアなカリキュラム、就 職活動の早期化やダブルスクール…。不況の時代においてアルバイトで生活費等工面 する学生が多い状況も無視できない。)それらの要素は、4回生の不在や、部員が一緒 に同一時間帯を過ごすことの難しさを招いており、「継承の困難性」と、学生団体の構 造的(気持ちではなく)な「保守化」を招いているとも考えられます。
しかしながら、まだまだ発展途上の学生が大学になってから合唱という世界と出会い、 仲間と共にチャレンジしていく…、という構図を考えた時、コンクールで成果を上げる ことや、例年通りのコンサートを滞りなくやりとげることだけではなく、合唱活動を通 して様々な「詩や曲目や音楽や人」と出会い、そのこと自体に喜びを見出すことにウェイ トをかけていけないものかと思います。(様々な合唱に興味を持つこと、合唱他の団体 の演奏を聴くこと、練習交換会や合唱祭や講習会等を100%利用すること・・・。)

周囲からは、合唱団の規模や適正を把握し、方向性や現在欠けている情報に関してのア ドバイスを与えることが重要なのではないかと思います。練習方法や曲目、活動の仕方 についての多様でバリエーション豊かなサンプル(見本)を提示すること、具体的な選 択肢を情報として提供すること、その上で、「さぁ、やってみてごらん」というエンカ レッジング(励まし)が効果的かもしれません。

最近、個人的に小さな繋がりを持っている仏教大学(京都)の心温まるフェアウェルコ ンサートを見て驚きました。小規模の合唱団ながら、「合唱と仲間が好きだ…」という 気持ちに溢れた活動にかねてから好感を持っていたのですが、規模の小ささを逆手に丁 寧に手作りされたパンフを客に丁寧に配っていました。その他の演奏会でも選曲やステ ージ進行にも工夫や趣向が凝らされ、演奏結果よりもその誠実な取組みに対する固定フ ァンがいると聞きます。
団員に聞くと、やみくもに練習を重ねるばかりではなく、様々な団の演奏会場や一般合 唱団の練習場に足を運び(合唱祭を聞いて気に入った団なんかには何人かで練習見学に 行ったり、他府県の合唱祭に大挙して乗り込んだり)気に入った曲があったら、自分た ちに出来るものを選曲として取り入れたり、得た情報やアドバイスをもとに手作りパン フやステージ進行等も含めて団員個々が様々なアプローチをしながら合唱団の活動自体 を楽しんでいるようにも見受けられました。それらの中に、決して「上手くなるための 技術を磨く」だけではない「学生合唱団の活動意義」に気付かされます。彼ら自身も「 自分たちはまだまだだから・・・、いろいろ教えてもらう」という自然な謙虚さを胸に、 「新しい世界との出会い」を積極的に求めているように思いました。

バイタリティを持って小さな工夫をすること、知恵を絞ること…、大学合唱の活性化は そんな当たり前の小さな言葉にヒントがあるのかもしれないと感じますし、大学合唱を 活性化させるための周囲のフォローとは、「わしの学生の頃は・・・とか、最近の学生は 云々」と無意味に嘆いたり薀蓄をたれることよりは、常に見守りながら適切なアドバイ スをタイミング良く出してあげる。というシンプルなことではないか(実行するには難 しいのですが、考え方の軸としてはそんなに的外れではない)と思う昨今です。

2001年ハーモニーより
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