アポロンの竪琴 葡萄の樹演奏版

プロローグ

遠き海の岩礁に腰掛け
空を見上げし
竪琴弾き
黄金の月浴び
星の屑子を纏え

波音聞きて
瞳伏せし
竪琴弾きの
ポロンポロンと
立てたる音に
アルモナドの魚
物言わず
跳ねたり

貝のざわめき
真珠の呟き
裸の肩の輝き

竪琴弾きの
尖りし口元
懐かしきミウゼ蘇り
ポロンポロンと
流したる涙ぞ波間に紛う

哀れ竪琴弾き
神話の夜に幻の如く蘇り
長き叙事詩の一節語り
遥か海の遠鳴りに眠る

竪琴弾きの姿
いつしか消えゆき
海は凪
聞こえるのは海の歌
魚を眠らす波の子守唄
ルラライ
ルラライ

そは竪琴弾きの残しし哀しき歌物語なり

おお、
うみ そら
波よ 風よ
億万年の宇宙の眠りよ
波で洗われた小さな珠よ
飛び交う軽(かろ)きしずくをみよ
時を超える流線型の夢を


1.竪琴弾きの歌          

おおさかな
そらよりかろきかがやきの
アンデルゼンの海を行くかな

聞けよ(Hore)
また
月はかたりぬ
やさしくも
アンデルゼンの月は語りぬ

【詩:宮沢賢治】

人は生まれる前はどこにいたの?

うみのそこよ

泳いでいたの?

さがしていたの

何を?

言葉を
歌を
誰かが落とした竪琴を


2.人魚

海に人魚がいるのなら
きっと眠っているだろう
午後の日差しに見守られ
潮騒に耳を傾け
かつてアフロディテの誕生から
時間を溶かす白い泡に包まれて

海に人魚がいるのなら
歌を歌っているだろう
落としたハープの行方
貝殻の耳飾り
寂しさを紛らわせ
寂しさを憩いとし

歌え
アポロンよ
思い出の海に歌え
飛び交う魚を従わせ

歌え
人よ
憧れの空を見上げ
覚えたての言葉をもちて

そして
聞け
海に落ちた
竪琴の音色を


気づいてほしい
音楽はあなたからあなたの大切な誰かへと奏でられるものなのだということに
私たちが一人ではないことを確認するために…

想像してほしい
世界が音楽に満ちた日のことを
世界はときめきに溢れ人は人のために歌を歌っていることを
そして、あなたのうたを待っている人がいることを


覚えている
遠い昔
一人で海の底に居たころ
波の音
風の音
誰かの奏でた竪琴の音色

夢にみる
遠い海
遠い空
私たちの胸の奥にある遥かな時間の果て

あなたの声が聞こえる
あなたの歌が聞こえる
私に呼びかける声
私に語りかける歌
私の胸の中にはいま、あなたの歌がこだましているのだ
永遠の夜明けのように


3.アポロンの竪琴

音楽は海から生まれたのだろうか
波のように
(反復しながら心の傷口にすりこむ膏薬として…)
悲しみの記憶(を)海の遠鳴りに変え
涙を貝殻に閉じ込めるために

音楽は空から生まれたのだろうか
風のように
駆け抜けながら頬を撫でていく吐息として…
明日への望み(を)星のまたたきとして示し
夢を遥かな白雲の形にするために

(しかし) 耳をすますと聞こえてくるだろう
竪琴の音色が

街角で
教室の窓辺で
図書館の片隅で
校庭の樹のそばで

胸のときめきから音楽が始まる
音楽はあなたの歌声
あなたの言葉
(あなたの叫び)
(あなたの)ささやき(つぶやき)
(あなたの)物語の始まり
(あなたは誰かのために歌うだろう)

耳をすませば
聞こえてくるだろう…

アポロンの竪琴に乗せて
今こそ私たちの歌が生まれるときなのだ


海の男は歌が好き
いつも海辺で歌ったもんだ
可愛いあの子は花売りさ
帰ってくるぜと言い残し
船に乗って行ったのさ
もちろん男はそれっきり
あいつの歌が聞こえてくるぜ
月夜の海には
心震わす古い歌だぜ


4.酔いどれ船乗りのカンツォネッタ

水底の岩層も見え
藻の群落も手にとるやうな
アンデルゼンの月夜の海を
船は真鍮のラッパを吹いて
デポー

【詩:宮沢賢治】


5.饗宴              

銀の鱗よ
褪めたブルーの瞳の魚よ
暗い波間を飛び跳ねよ
祭りは月に照らされた波の瀬に
漁り火ともり
その幻灯のゆらめきのうちに始められる

夜の海の饗宴に
鮮やかな海月が揺れ動き
遥か人魚のアルトが響く


人よ
語るな
水面(みなも)に歌え
ときを越えて波になるまで

人よ
叫ぶな
風に歌え
ときを越えて宇宙になるまで

耳をすませ
その竪琴に手を添えよ
心を寄せよ

俯いて
瞳を閉じよ
思い出すがいい
探していたものを

思い出すがいい
ただひたすらに
お前のうたを


ねえ
海と空の間にいるのは何?

人よ、
樹のように

過去と未来の間に立っているのは何?

人よ、
樹のように

人はどうしてここにいるの?

歌を歌うため
人は海で生まれ
空を見上げながら歌っている

ほら
聞こえてくるでしょう
歌声が
音楽が
海と空の音楽が
思い出と憧れが
誰かから誰かへの歌声が


躍動する全ての音はいつしか一本の大樹の中に溜め込まれていく
世界の音は大地に根を張り天に向けて葉を茂らせた樹に蓄えられる
そしてその樹から静かに音楽が奏でられるのである


6.やがて音楽が          

いつからか街には言葉が溢れていた
言葉は人から離れ喧騒となり
争いが始まった
物陰からは誘いの声が飛び交い
怒号が渦巻く
あらゆる壁面には
書きなぐりの文字がぶつかる
言葉は故郷を求めているのに

忘れてはいないだろうか
音楽を聴くことを
アポロンの竪琴を

風にそよぐ木の葉の音
ブランコが軋む音
大地には子供が駆け
空には若い声がこだまする
草が踏まれる音
芽吹く音
花開く音

世界の音は全て命の躍動なのだ

世界を包む音楽が
人と人とをつなぐ音楽が
言葉を蘇らせ心へ還していく音楽が
やがて音楽が
全てを結びつけるのだ


人よ
奥万年の宇宙の長き眠りの中の
儚きその夢のひとときに

言葉の呪いが解けるとき
慈しみの鐘が鳴り
(バベルの)塔は崩れ去る
人よ
失いし竪琴を探し続けよ

歌え
夢みよ

空に憧れ
樹のように枝葉を伸ばし
やがて海に眠れ
人よ
宇宙の眠りに枕せよ


7.ふたたびの竪琴弾きの歌              

おおさかな
そらよりかろきかがやきの    
アンデルゼンの海を行くかな    

聞けよ(Hore)
また
月はかたりぬ
やさしくも
アンデルゼンの月は語りぬ     

ましろなる羽も融け行き
白鳥は
むれをはなれて
海にくだりぬ

【詩:宮沢賢治】

ねえ、それからどうなったの?

何が

人が
人は
音楽と出会って
いつも歌を聴いているの?

人は子守唄を聞いて
みんな眠りましたとさ
みんなみんな
続きは夢の中
夢の中


エピローグ 「うみ そら 神話」より


あなたの夢はどんな夢
空を飛んでる夢かしら
鳥のように
飛行機のように

あなたの夢はどんな夢
海を越える夢かしら
船に揺られ
波に乗って

あなたの夢はどんな夢
誰かと手を繋いでいる
誰かと見つめあっている
そんな夢かしら

人は夢を編む(みる)
翼広げながら
人は夢(うた)を歌う 
繋いだ手を握りしめながら

あなたの夢はどんな夢
世界は夢で溢れている
世界は夢で繋がっている






2014.12
作曲:千原英喜  2014

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