●カレーを求める人たち
A)マンネリ主婦(と子供の声)
「晩御飯なあに?」
「カレーよ」
「また?」
「今週三日目だよ」
「でも今日はスペシャルカレー」
「前もそういってたよ」
「うーん、カレーは手間いらずだけど、何だか工夫が出来ないものかしらねえ」
B)一人暮らしの学生
「カレーって簡単だと思ってたけど、自分で作るとなると意外に面倒だなあ。簡単に美味しいカレーが食べられないかなあ。最高に美味しいレトルトとかないかなあ」
C)退職した父さん
「料理くらいその気になればいつでも作れると思っていたが、なんだか満足できん。死ぬまでに一度極上の最高級のカレーを食べてみたいもんだ。」
D)忙しい両親のために料理を作る少年
「大好きなカレーを作って、お母さんに喜んでもらいたいのだけど、上手に作れないなあ。上手に作ってびっくりしてほしいんだけどなあ」
E)誰か
ねえ、カレー博士って知っている?
魔法の香辛料を持っているらしいよ、これで作れば何でも極上ってことらしい。
本当かどうかは知らないけれど。街のカレーハウスの奥にいるらしいよ。探してみれば?
●カレー博士の薀蓄
「しかししかし
皆さん、このルーを取り巻いては長い長いドラマがあるんですぞ。
私の豊富な知識によると、この食べ物には人類と世界を巻き込む大いなる歴史が刻み込まれておる…。
かのコロンブスらが活躍した大航海時代も、このカレーの元とも正体とも言うべきスパイス、つまり香辛料を求めて展開していったのですぞ。」
●カレーを求めるひとたち
A)「すみません、あなたがカレー博士ですか?」
カ)「いかにも」
B)「僕、いや僕らはあなたが魔法の香辛料を持っていると聞いてやってきたんです」
D)「美味しいカレー作れるようになると聞いて」
カ)「何だって?そんなもんは持っておらん」
B)「なあんだ、がせ?」
カ)「いや、わしは博士であるからには何でも知っているということにおいては知っているぞ、知らないことについては知らんが。そもそも、カレーの何たるかを知らねばならんのでは??」
B)「カレーってこれでしょ?」パックを見せる
カ)「いやいや、それがカレーだとは限らんねえ」
A)「カレーってスパイスを混ぜ合わせたものでしょう?」
カ)「まあそう言えばそうだ」
D)「インドで出来たんだよねえ」
C)「インドからヨーロッパに渡ったんだったなあ」
●カレー博士の薀蓄
「さよう。西洋では、昔から肉を好んで食べることからも香辛料を使って保存が効くようにした経緯がある。それがカレーのもとでもありますな。つまり、香辛料は当時のヨーロッパでは、高値で取引されておったから、ヨーロッパ諸国はその産出国と直接交易を行うことで、何とか大量に手に入れようとしたのじゃ。つまり、香辛料を独自に求めて、ポルトガルが喜望峰経由でインド・アジアへ行く航路を発見し、スペインはアメリカ大陸に繋がる西への航路を発見したというわけじゃ。ヨーロッパの歴史は一つかみの香辛料のために塗り替えられていったのですぞ。
●カレーを求める人たち
A)「そう言えば、カレーは香辛料だったわね」
C)「それを求めて、海を渡って航路を切り開いたってことか、たいそうなこった」
B)「今では信号わたってコンビニやスーパーということになるけどね」
A)「まあ、確かに夢とロマンはあるわね」
●カレー博士の薀蓄
「そうそう香辛料の効果は、まず一つに食材の臭みを消すこと
二つに食材を殺菌し、長持ちさせる…こと。
古代エジプトのミイラの防腐剤にも香辛料が使われていたらしいですな。
そして三つには何より体調改善じゃ。
胃腸の機能改善に、グローヴ、ナツメグ、ブラックペパー、フェンネル、コリアンダー、クミン、消化促進のためにはタイム、ブラックペッパー、ジンジャー、カルダモン、スターアニス、レモングラス、ついでに虫よけにバジル…。(…前奏が被る)
●カレー博士の薀蓄
「一粒の胡椒に歴史あり、ロマンですな。
カレーまたはカリーと呼ばれるものは、数多くの香辛料を混ぜ合わせながら食材を味付けしていくというインド料理に対して、ヨーロッパの人たちが付けたものですな。今ではそれをもとにしたヨーロッパの料理や同じように調理される東南アジアの料理なんかも指しておる。」
●カレーを求める人たち
A)「きっと良い香辛料を手に入れればいいのね」
D)「インドに行けばいいのかな」
B)「外国、行って見たいなあ」
D)「でも、僕はカレーシチューが大好きなんだ」
●カレー博士の薀蓄
「シチュー状のカレーについてはこんな話もありますぞ
イギリス人の船乗りは航海中にシチューを食べたかったが、当時は牛乳が長持ちしないとの理由で諦めるしかなかった。そこで、牛乳のかわりに日持ちのするカレーの香辛料を使ってシチューと同様の食材を使う料理を考案した。
すなわち、これが今日のシチュー状のカレーの由来というわけですな。」
●カレーを求める人たち
B)「へえ」
A)「まあ、確かにカレーは日持ちするわね」
D)「カレーの歴史って面白いねえ」
●カレー博士の薀蓄
「ところで、インドのカレーは野菜や豆など様々な食材を具にしておるが、ヨーロッパ、例えばイギリスのカレーの中身は長らく牛肉のみだったらしい。イギリスの家庭では、サンデーローストと言って日曜日に大きなローストビーフを焼く習慣があったんだが、その残り肉の調理法のひとつとしてカリー料理があったらしい。」
●カレーを求める人たち
B)「でもカレーにはジャガイモ入ってないとカレーっぽくない」
A)「玉ねぎも入れたいわね」
●カレー博士の蘊蓄
「今ではカレーの具には、その肉のほかにジャガイモ・ニンジン・タマネギが使われることが多く、カレーの具の三種の神器とも言えますな。しかしそれらの野菜、例えばジャガイモも大航海時代に南米で発見されたものじゃ。
日本においてこれらが定着したのは、様々な世界規模の歴史を経た明治時代の終わり頃、仕上げにグリーンピースを飾りとして散らす事は昭和時代の日本でよく行なわれていたスタイル、でなつかしいもんだ。
このように、さまざまな地域の文化が入り混じりながら発展してきたカレーだが、まさに地球規模の出会いと歴史が詰まっておるということですな。」
●カレー博士の薀蓄
(読み上げ)
「1772年、インド総督のウォーレン・ヘースティングズによって、イギリスに「カレー」料理が紹介され評判となる。この時紹介されたのは、ターメリックで着色した野菜と肉のスープを米にかけた料理「マリガトーニスープ」である。しかしイギリスの家庭で上手に香辛料を配分することは難しくもあり、C&B社は、あらかじめ調合したスパイスを商品化した。それが、「カレーパウダー」という名称であった。
これによりカレーは英国の家庭料理として普及し、直後のオックスフォード英語辞典には「カレーパウダー」の言葉が出てきている。なお、ソースを重んじるのはフランス料理。後になってフランス料理の影響から小麦粉のルウでカレーにとろみを出す料理法が編み出されたとされている。」
●カレーを求める人たち
B)「カレー博士、そろそろ究極のカレーを食べさせてください」
D)「魔法のルウをください」
A)「美味しいレシピを教えてください」
C)「何が上手くいっていないのか教えてくれ」
●カレー博士
「どうしたのかな、急に、何々?カレー作りが上手くいっていない?
そんなことってあるのかな?
究極のカレーが食べたい?
いや、好みは人それぞれですからなあ、予算はいくら?
ゴロゴロする?
切り方が大きすぎるんじゃないの?
お母さんを喜ばせたい?
感心感心、手を切らんようにな?
どいつもこいつも、困ったもんじゃ、カレーなど絶対に失敗せん料理だと思うのに。リカバリーもきくし。何か、勘違いしておらんかなあ。カレーなんて誰にでも作れるわい。ただ、慌てないことじゃ。
それよりそれより、カレーにおける付け合せというものを考えたことはあるかな?
カレーというのは付け合わせにもひと工夫ある食べ物じゃ。付け合わせを考えてみよう。日本では福神漬やラッキョウが一般的ですな。地域や店によっては店によっては紅しょうが、ピクルス、レーズン、ナッツ、あるいはチャツネやオニオンスライスなどを添えることもあるが、最初に福神漬を添えることを考案したのは、ヨーロッパ航路船のコックとされておる。また、それらの付け合せ以外に、サラダをカレーの副食として食べることも多いが、副食というのか、付け合わせというのも考えてみれば面白いものじゃ。
D)ハンバーガーにポテトとか
B)とんかつにキャベツとか
カ)まぐろにはワサビですがかつおにはおろし生姜ですな」
B)中華丼にうずら卵
C)親子丼には三つ葉
A)茶碗蒸しに銀杏
「うなぎに梅干し…おっと、これは食べ合わせが悪いとされる例でしたか。いやいや何にしても付け合わせは肝心じゃな」
●カレー博士の薀蓄
「カレーライスとは、カレーを米飯に掛けて食べる料理である。
カレーがわが国に入ってきたのは1900年代のこと。
古くは漢字、小麦や何でも上手に取り入れた日本人は上手にアレンジしたものじゃ。
何かと何かが出会うと新しいものが生まれる。
カレーライスが家庭料理として普及しはじめた大正時代は、小麦粉とカレー粉をバター等で炒めてカレールウを作り、これを鰹だしなどで伸ばしてカレーソースを作っていたそうな。現在は湯で溶かすだけでカレーソースが作れるインスタント・カレールウ製品が普及していますな。カレーソースはターメリック(ウコン)に由来する「黄」が本来の色だが、時代を経るとともに色が濃くなる傾向が指摘されており、その理由として、黒くて激辛の「カシミールカレー」や、フォン・ド・ヴォーを使う「欧風」カレー店の影響が考えられる。味は初期は甘口が重宝され、現在ではやや辛口の方向に変わってきているらしい。
●カレーを求める人たち
D)「僕は甘口」
C)「わしは辛口」
A)「私は中間」
B)「どっちにしたって美味しいものは美味しいし、そうでないものはそうでない」
●カレー博士
「好みの傾向はやや変わってきたようだが、カレーライスこそは今やラーメンと並ぶ新たな日本の国民食とも言えますな。甘口か辛口か、わしは交互に食べたいなあ」
●カレー博士の薀蓄
「インド料理は香辛料を多用するため、外国人の多くはインドの煮込み料理を「カレー」と認識している。しかしインド固有の言語には「カレー」という言葉はない。ただしドラヴィダ語族には野菜・肉・食事・おかずなどを意味する「カリ」(タミル語:???、kari)という言葉があり、それが英語で「curry」と表記されるようになったと言われているんじゃ。」
●カレーを求める人たち
一同)「博士、もう薀蓄は聞き飽きた」
一同)「そろそろ教えて」
A)「早くおいしいカレーの作り方を教えて」
B)「それでも何かヒントを」
A)「良い粉の配合を教えて」
B)「美味しい炒め方を教えて」
D)「一発で解決する方法を」
●カレー博士
「安直な答えなど求めてはならんなあ。
そんなことより人に料理を作るときには、この人の好みは何だったかなと考えることも大切じゃあないかな、あるいは、人に料理を作ってもらったときには感謝の気持ちを持つことも大事じゃあないかな
そもそも、それぞれに忘れられない味というものはないかな
忘れられない味ですぞ
おのおのの店の味、おのおのの家庭の味、それぞれの想い出の味もあるじゃろう。」
●カレーを求める人たち
一同)「思い出思い出」
A)「確かにかあさんのカレーの味は格別だったなあ、おなかすいた帰り道に家のそばからカレーの匂いがしたとき、うちだったらいいなあ、、と思ったわねえ。で、お母さんがとびっきりの笑顔で迎えてくれた」
カ)「それはあなたがとびっきりの笑顔でただいまを言ったからじゃろうなあ」
B)「お誕生日に好きなもの作ってもらったりしたなあ」
C)「ハイキングで作ったカレーなんかも上手かったなあ。レトルトだったとしても、外で食べたり、仲間や家族と食べたりすると楽しかったなあ」
カ)「そうだろう、そうだろう」
●カレー博士の言葉
「究極のカレーなどない。求めてもならない」
料理を作るということは
食べてくれる人のことを考え、想像力を膨らますということだ
作られた料理を食べるということは、作ってくれた人のことを考えてみるということ
それに、一生懸命に頑張っておれば腹が減る
空腹は最高の調味料とも言うわな
●カレーを求める人たち
C)「確かにそうだった、そう思うとなんだかおなかが空いてきた」
B)「でも一人暮らしの僕の場合は、誰に食べさせたら良いのさ」
カ)「それは、明日の自分のことを考えてやるんじゃな、あるいは、食材が大切に運ばれてきた旅に思いを馳せるんじゃな。感謝してありがたくいただくんじゃ。」
B)「なるほど」
A)「そうね、お母さんが苦手なにんじんを細かく切ってカレーに入れてくれていたわ」
「そうだろう、そうだろう、ほうれん草とかなあ、アレルギーとかでない限り、それも大切な愛情。ついうっかり食べてしまうもんじゃ」
カ)「岡本かの子の小説に「鮨」という作品があるのをご存知かね?、幼い頃、どうしても偏食でたくさんのものが食べられなかったところ、母親が、一生懸命に鮨を握って食べさせてくれていたことを大人になった主人公が思い出す、という話じゃ。美しい見事な短編小説じゃよ。食の細い子が、カレーならたくさん食べるので、カレーの味付けにしてたくさん食べれるようにしてやっているという話もよく私の耳には入ってくる。時代かわって、ところかわれど、食べ物を巡る親子の情愛は変わらんよ。」
B)「そうだね、お父さんと食べたカレーが忘れられないよ」
カ)「小津安二郎の映画だな、一緒に釣り糸を垂れ、一緒に食堂でご飯を食べさせてくれた父さんのことをしみじみ思い出す話さ。食べ物は、必ず人と人を繋いでおる。大切な生活のそばにある。気持ちの源になる。
一生懸命働いた後のビール、
いや、一生懸命遊んだあとの、学校の水道水すら、美味しかったじゃろうが、飽食の時代ではあるが、気持ちのこもったもの、温かいもの、それを求める気持ち、それを求める気持ちを思いやる気持ち。食べ物は心と心を結びつけておるんじゃよ。
簡単なレシピなどない。感謝と笑顔で食べ物はぐっとおいしくなり、世の中はきっと素晴らしくなるんじゃ。」
●カレーを求める人たち
B)「当たり前だけど肝心なこと、当たり前だから肝心なこと。一生懸命、丁寧に切り揃え炒める。」
A)「ひと手間かけてみる」
D)「気持ちを込める」
C)「一生懸命にがんばって、食べ物には感謝の気持ち、笑顔。」
B)「確かに確かに」
C)「料理も一つのコミュニケーションだよね」
A)「おなかいっぱい、美味しかったと言われると嬉しいし」
B)「お弁当に、スペシャルなものが何か入ってたりしたら嬉しかったね」
●カレー博士
「そうそう、まあしかし、わしは君らのカレーは食べないが。わしはわしだけのためにスペシャルカレーを作るのだが。
さあわしの薀蓄はここまでとしよう。
カレーを取り巻く大きな物語の一端が伺いしれたことじゃろう。そして、おなかが減ったろう。
どうかな、今晩のメニューはカレーライスにしてみては。
仕方ない、最後の唄を聞きながら、一つわしのカレーライスを振舞ってやるか」
Copyright©Minazuki.Minori All rights reserved