夢見る魚のあぶく
by みなづきみのり

タイトルを巡る10のエクリチュール/ポエジア


(時)…忘れ物が流れつく島があるという。想い出が蘇る果実があるという。時間は私たちの中にあるのか、外にあるのか?想い出はどこにしまわれるのか?
(樹)…樹に触れると、樹は枝をそよがせる。樹に耳をつけると、樹は脈打つ。樹に声を掛けると、その声は私の心の中でこだましている。いつしか、私の中に樹がある。
(地)…デメテル、ペルセポネ、ハデス、名前を羅列するとイメージの連鎖が生まれる。ピロスマニ、パラジャーノフ、柘榴、葡萄…、かつて地に倒れた兵士の胸には葡萄の枝が添えられた。
(波)…詩人にとって、貝殻が耳なら、瞳は魚。詩人によって人の輪郭は解体され線となり、波に連なり、海となる。
(空)…空を見ていると吸い込まれそうだ。空に手を伸ばすとさわれそうだ。空が動いている、空が追いかけてくる。見上げさえすれば、そこには空がある。見上げさえすれば。
(火)…信じる、信じない、信じられない、信じたくない、信じていたのに、信じたかったのに、愛は形を変える、炎のように。愛は形を変える、炎によって。
(星)…夜空の星を数えると毎日数が違いますね。そう、それは寂しい少年が時々ビー玉にして一人遊びをしてしまうからなのです。それは夢見る少女がキャンディーの瓶にしまうからなのです。なりたての母は星を見ながら対話をする、静かに身体をさすりながら。
(風)…風が運ぶ、ポプラの樹の種を。風が運ぶ、自転車の呼び鈴を。風が運ぶ、ライラックの花びらの香りを。僕らは風で知るのだ、五月の訪れを。
(夢)…瞳開くと世界が広がる。ああ、世界はこんな風景だったんだね。瞳閉じると、夢が広がる。ああ、私たちは夢に抱かれていたんだね。
(生命)…10番目の歌が夜明けを告げる。一番深い夜の底で歌われた歌が、私たちを解放する。歌が地球を回転させる。かつてルードヴィヒは示した。最後に歌があると。

敬愛する山下佑加先生には、新しいタイプの短いアカペラ作品集を作ってもらおうと考え、短詩を連作してみました。私たちは美しい夕日を見て「分かった」とは言いません。風景や芸術は説明を拒み、決して一つの解釈に閉じることはありません。たくさんの予想外やたくさんのはぐらかしを経て、いや意図や意味を超えて音楽は存在するのでしょう。歌を歌う、…それは私たちが、人生を理解も解釈もせず、陽や星に祈りながら毎日を懸命に生きるようなものなのだと思います。歌は歌わねばなりません、生きている限り。




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