やさしさとさびしさの天使


私に小さなヘルメットをかぶらせて
バイクの前の席に乗せてくれた父

風に靡く草むらのざわめき
日が沈むまで川で遊ぶ少年の声

よく怒り、よく励ました父
酒を飲むと心地よく酔い
決して負けず、弱音を吐かず、疲れも見せず
何事にも手を抜かなかった父

花が好きだった父
なのに、水を遣りすぎてよく花を枯らした父

鳥が好きだったが父
金魚が好きだった父
テーブルにはいつも蘭や仙人掌の鉢があった

機嫌が良いと大声で歌うので恥ずかしかった父
知らない人と会話しようとするのでひやひやした父
流行に疎く、知らないことの多かった父

父の魂は私のどこにあるのか

風呂上りの陽気な笑顔が見える
父の万年筆
絵葉書に書かれた父の文字
山と積まれた原稿用紙
よく忘れられた父の帽子


明かりを消した寝室から見える父の仕事姿
テープに吹き込まれた父の声

眠ろうと目を閉じると
ふと浮かんでくる景色がある

それは土手に差す灼熱の夕日と擦り剥いた膝を気にする少年の姿だ
涙を拭う泥んこの手
細くなびく綿雲
二階の窓を叩く楠の枝
月夜の犬小屋からはカタカタ鳴るアルミニウムの皿の音

学校のサイレンが鳴り
裸足で駆ける少年たち

父はいつまでも少年でありつづけたのか
私はいつまでも父のあとを追うのか
少年がいつまでも夕焼けを眺めるように
少年がいつまでも川面に石を投げるように

やがて時間がたち
擦り剥いた膝に滲む血を指で拭いながら
少年はゆっくり歩き出す

そしていつのまにか
その後姿は私の姿に摩り替わっているのだ



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