やさしさとさびしさの天使

鏡の中の天使〜アンドレイへ


天使は鏡の中で休息する
うすく微笑んだまま
首を傾げたまま
指遊びをしながら
鏡に映ろうとする人を見てるのだ

鏡は人を映さない
そこに映っているのは現実などではない
そもそも現実と仮構の境目などないから
現実と錯覚との境目などないから

夢で見たことと実際に感じたことの境目がないように
他人の記憶と自分の記憶が混ざり合うように
世界の記憶と自分の体験が混ざり合うように

鏡は現在を映さない
鏡には過去と未来が映っている
鏡に映っているのは人ではなく
思い出と予感とその両方が混ざり込んだ錯覚なのだ

私には姉がいたのか
それは夢だったのか
私は本当に空を飛んだのか
それは物語の中だったのか
世界は起きてしまった出来事に悲しむのか
これから起ころうとすることに慄くのか

人は時間の重なりの中で
錯覚と共感を繰り返し
世の中を生きていく


2.
天使は
鏡の中で目を閉じている


春の雪のように薄い日差しの中に静かに過去を降り積もらせ
まだ私たちが言葉を知らなかったときの…
まだ私たちが言葉で上手く表現できなかったときの…
幼い日の赤い頬と赤い唇を思い出させ
黒い髪や瞳を思い出させ
静かに人を眠らせる

思い出には夢と物語が混ざっている
思い出には憧れと悔恨とがざわめいている

鏡の中には時間が封じ込まれているのだ
天使はそのことを知っている
ただ、目を閉じて一緒に過去を見つめている
天使は人と同じように思い出が好きで
思い出という寂しさとやさしさの混濁した毛布に抱かれているのだ


2010.12.13
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