やさしさとさびしさの天使

旅する天使〜ヴィムへ


1.
天使は旅をしている
クレタ島の港を
ベルリンの上空を
セーヌ川の岸辺を
夜の東京を
テキサスの荒野を
バイカル湖のほとりの草原を
上海の遊覧船の上を
キリマンジャロの麓を

夕日の沈む山道を
霧の立ち込める森の中を
カフェのある石畳の街を

天使は何かを探している
人と同じように
それは決して見つからないのだけれど
人が失っていったものを
人と同じように旅しながら探しているのだ


2.
旅に疲れて
人はふと心を開く
心の窓を開く
太陽を見つめるために
風景を取り込むために

しかし、そのとき人は何かを失っていく
持っていることの重さに耐えかねて
何かを見つけることや
誰かと気持ちを交し合うことと引き換えに
つぶやきになる前の呻きのようなものを
失うのだ
人は人に心を開くことによって
人は人を見つめることによって
何かを失い

目を閉じることによって
何かを蘇らせている

その消失を回帰こそが人が旅することの真実なのだ


3.
天使が旅をするのは
天使には家族がないから
天使は一人でいることが好きだから

天使が旅をするのは
人が旅をするから
天使は人のまねをすることが好きだから

しかし
探したものは見つからない

…目を閉じることによってしか


2010.12.13
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