まだ名前のない木

この世の始まりと終わりの木


はじめに木があった
まだ何もない霧の中に
緑の葉をつけて
木が立っていた

次にざわめきがあった
言葉になるまえの震えがあった
それは風にそよぐ木の葉だった

そして呟きが始まった
何かを映し出す光が溢れた
それは六月の木漏れ日だった

ようやく言葉が生まれたのはその後だ
言葉は呻きのようだった
夜の森にこだまする
精霊たちの声のようだった

言葉は広がり
言葉は溢れ
言葉は眩く世界を形作った

世界は語った
さまざまな言葉で
空と
鳥と
風と
空気と
夜と
星と
雨や雪と

木は木と
人は人と

森は喧騒と活気のうちに昼夜を繰り返した
言葉に街が形作られていった

やがて
世界の終わる日がきた
言葉は消えて
世界は静寂を取り戻した

震え
そよぎ
微笑み
風と光の戯れだけが世界に満ちた

世界の終わる日
朝焼けに
鳥が飛び立った

世界の終わる日
夕暮れの雲が薔薇色に漂い
祈りの鐘が響いた

木だけがそれを見ていた
世界が終わっていくのを
始めにあった木だけが



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