まだ名前のない木

世界で一番遠い丘にある木


世界で一番遠い丘にある木

旅人の思い出よりも遠く
睡蓮の眠りよりも幸せな場所

鳥は巣を作り
昆虫たちは縄張りをかけて格闘しあう

噴出する樹液の大河を小船が行く
朝のきらめきを集め
夕暮れの微笑みを集め
夜には星のめぐりを歌う

僕らは木に登る
手の届かない位置にある穴を探して
そこには手紙が忘れられているはずだから
誰にも読めない暗号が記されているはずだから

僕らは木蔭で眠る
誰にもじゃまをされない時間の中で
土と草の匂いに咽びながら

枝にかけられたブランコには永遠の少年が座っている
開かれたままの本のページを風がめくっている
その一行が風にさらわれる

言葉は風に散る
季節がパラソルのように回転する

いつしか僕らはその少年のようにブランコにのって
思いっきり宙に飛び出て
遥かな海のきらめきを見つめている
薄暮の街の灯りを眺めている

それは幸福で怠惰な時間の始まりなのだろうか
それは不幸でひたむきな時間の終焉なのだろうか

木だけが全てを知っている
世界で一番遠い丘に立っている木だけが

旅人の思い出よりも遠く
花の香りよりも薄い空気に包まれた場所

木だけが知っている



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