まだ名前のない木

雨の樹の主題による小幻想


雨の樹に雨が降る
雨の樹に雨が溜まる
雨の樹に雨が滴(したた)る

雨の樹が歌を歌う
全身を震わせながら
ポロンポロンと
内気な打楽器のように

風が吹くと
葉がそよぐ
さわさわと
手招きするように波打つ
飛沫が散る

無数の魚が
波を飛び越していく
アルバムのページをめくるように
思い出が朝顔のように開いていく
回転しながら
懐かしい気持ちが開いていく

不意に古い恋人の匂いがする
誰かの呼ぶ声
母の声がする

私を呼び止めるこの時間の果て
私を蘇らせるこの世界の果て

雨の樹は
穢(けが)れと悔恨を抱擁する

雨の樹は
鼓動に寄り添う
雨の樹は
樹液を滲ませる
低い声で歌いながら


私はそれを聞きながら
眠りにつくのだろう

そして
いつか再び目をあけるのだろう
木の向こうに隠されていた
新しい私を見つけ
新しい私を生きるために

私はいつかこの時間の果てから遠ざかり
永遠に発見できないこの雨の樹を思うのだろう


雨の樹の主題による小幻想(「まだ名前のない樹の詩」より)(改訂版)


雨の樹に雨が降る
雨の樹に雨が溜まる
雨の樹に雨が滴(したた)る

雨の樹が歌を歌う
振り絞るように
全身を震わせながら
ポロンポロンと

雨の樹が風を起こす
身をよじるように
枝葉を戦がせながら
ざわざわざわと

すると
手招きするように波が打つ
飛沫が散り
それを無数の魚(うお)が飛び越していくのだ

私は目を閉じる
内気な打楽器の幻聴を聞きながら

思い出が開いていく
不意に古い恋人の匂いが立ち込め
懐かしい気持ちに包まれていく

誰かの声がする
私を呼び止めるこの時間の果て
私を蘇らせるこの世界の果て

雨の樹は
穢(けが)れと悔恨を抱擁する
私の犯してきた罪と
柘榴のように開いた私の傷を
そのまま抱きしめる

雨の樹は
胸の鼓動に寄り添う
樹液を滲ませ
低い声で歌いながら

私はそれを聞き
眠りにつくのだ

木の向こうに隠されていた
新しい私を見つけ
新しい私を生きるために

私はいつかこの時間の果てから遠ざかり
新たな道を発見しなければならない
そして
そのときにはもう永遠に発見できないこの雨の樹を
遠い記憶の彼方から思い出すのだろう
いつか見た夢のように




作曲:三好真亜沙  「いつか虹の向こうに」
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