さびしい魚のおはなし


*緑字部分が歌詞

1)
さびしい魚は一人で海を泳いでいた
仲間はどこにもいなかった

いつからだろう?
なぜなのだろう
自分はどこに向かっているのだろう?

さびしい魚は、あるとき「自分がいる」ことに気付いたのだ
それ以前のことは分からない
自分のことについてもまったく分からない
ただこれだけは分かる

自分は海を泳いでいる
大きな広い海を一人で泳いでいる

今はさびしくはない


2)
海は鮮やかなブルーだった
波は心地よかった

島のように大きな海亀がいた
海鳥が低く飛んでいた
魚の群れには何度も出会った
しかし仲間と思える魚にはどこまで行っても出会わなかった
海底では歌う巻貝に出会った
「どうして歌っているの?」
と聞くと
「どうしてお前は泳いでいるんだ」
と愛想悪く言われた
魚はちょっとどきっとした
巻貝はまた歌いだした



3)
海に汽笛が響いた
大きな貨物船が通っていった

魚は船が通り過ぎるのをずっと見守っていた
なぜ船が通るのだろう
でも、船の形はなかなか素敵だし、汽笛の音を聞くとつい何かを思い出しそうになる
そして、とても感動的だ
そうか、
船が通るということは「何かと何かが結ばれる」ということなのか
「海は何かと何かをつないでいるのか」
そう考えて得意になる自分を別の自分が制した
「いや海は何かと何かを分断しているのではないか」
だから船がつないでいるのではないか
そうか、そういうことか?
でも分断されているから繋がることが感動的なんじゃないか…
そこまで考えてやめた

海があるから船があるのではなく…
海はきっと船のために存在してるんだ

呟いた瞬間、それも違うような気がした
難しい問題なのかもしれない


4)
ある朝のことだった
突然のことだった
いきなり大きな魚が口を開けて襲い掛かってきたのだ
人生初めての危機は唐突にやってきた
さびしい魚は懸命に逃げた
死ぬ気で逃げた
大きな魚は俊敏な動きではなかったが、かなりの覚悟を決めて襲ってきた
何度も食べられると思った
しかしその都度ぎりぎりのところで、逃げきった
大きな魚は追いかけてきたが、もう衰弱してしまっていた
そして息も絶え絶えに言った
「おれはお前を食べたかった」と
「どうして?」
「腹が減ったからだ」
大きな魚は鋭い歯をしていた
しかし、もう目には力が無かった
よほどお腹がすいていたのか、泳ぎ疲れたのか
「俺は、だから、お前を食べたかった」
そう言って半分目を閉じた
大きな魚の鱗は擦り切れていた
もともと怪我をしていたのか
それでも最後の力を振り絞ってかっと目を見開いて睨みつけると、何か呟いて、そのままあぶくを吐いて死んだ

死骸は浮き上がり光に照らされた
「おれはお前を食べたかった」
という言葉が何度も何度も恐ろしいほど胸に響いた


5)
海に夕日が沈む
魚はずっと夕日を見ていた
太陽の色が変わり、海の色が変わり、空の色が変わるのが分かった
なぜ色が変わるのか、
少なくとも太陽はずっと変わらないと思っていた
しかし、その太陽すら色が変わるということは、ずっと不変のものはないということか

大きな魚のことが思い浮かんだ
死骸は何かに変わったのか
急に不安が過ぎった
大きな魚は自分自身だったような気がしてきたのだ
そんなことはない
自分は逃げ切ったのだ
しかし、何だか混乱してきた
そしてその混乱は単調に繰り返される波のせいであるような気がしてきた



6)
長い時間とたくさんの眠りのあと
初めて仲間と思える魚に出会った
そもそもこれまで仲間と思える魚には出会わなかった
広い広い海なのに、魚はそんなにいないのか
不思議なことだと思っていた時、ブルーの瞳をした可愛い女の子を見つけた
最初から友達と思えた

さびしい魚は
少し見つめた
そして少し一緒に泳いでみた
「どこからきたの?」
と聞いてみた
ブルーの瞳の魚は無言のままだったが、自分の問いかけを受け入れているような気がした
自分といることが嫌ではないような気がした
さびしい魚はしばらくそのブルーの瞳の魚と過ごした
そして、少し好きになりかけていた
ブルーの瞳の魚はとても美しく優雅でチャーミングだったから

その時大波が来た
空は曇天から嵐に変わった

さびしい魚はブルーの瞳の友達とはぐれてしまった
好きになりかけていたのに
いや、好きだったのに
いや、かけがえのない存在だったのに

ずっと彼女のことを探した
長い時間をかけて

またどこかの海で出会えるのか
どこにも見つからなかった
この出会いは喜びだったのか試練だったのか…

魚は、初めて「さびしい」ということについて考えた


7)
海の始まりとは何か
世界の始まりとは何か
時間の始まりとは何か
自分の始まりとは何か
どこなのか
実はまだ何も始まっていないのか
そんなことはどうでも良いことなのか
自分が知らないだけなのか


8)
海の終わりとは何か
世界の終わりとは何か
時間の終わりとは何か
自分の終わりとは何か

ふと思った
この海は世界の果てではないかと



9)
またふと思った
手のひらということを

自分は人が手のひらと呼ぶものに似ているような気がすると
自分は魚ではなく手のひらなのではないか
つまり、「生命」ではなく「夢」や「概念」のようなものではないのか…
と、考えたところでやはりやめた
どうしてこんなことを考えるようになったのか分からなかった


10)
考えることに疲れた
お腹がすいた
久しぶりのことだった

島が見える、雲が沸く、鳥が飛ぶ
世界が美しいということを忘れていた
泳ぐと気持ちが良いということを忘れていた

さびしい魚は思った
もう少し頑張りたいと思った
少し元気になってきた


11)
魚は少し落ち着いて周りのものを見ることが出来るようになってきた
しばらく前から灯台のあかりというものを見ていた
あれは誰かにサインを送っているものだということが分かった
船にサインを出しているのか
船が通りやすいように懸命に光を送っているのか

船についてもう一度思い出した
それから、手紙という言葉がふいに浮かんだ
そうか船は手紙なんだ
そう思うと謎が一つ解けたような気がした


12)
ある午後、さびしい魚はブルーの瞳の友達に再会した
唐突に、
「良かった、会いたかった」
魚は叫んだ

ブルーの瞳の魚は美しく微笑んだ
それからようやく話をした
どんな話だったろうか
波のはなし、岩の話、しぶきのはなし
太陽の話、月の話、星の話
時々巻き起こる渦や嵐について

たくさんたくさん話をした
ブルーの瞳の魚は自ら話をすることはほとんどなかったが、ゆるやかに静かに美しく相槌をうった

二人は深く愛し合った
二人はたくさん一緒に泳いだ
長い時間
たくさんの夜の夢を潜り抜け
時間が過ぎた

そして、ふたたび別れがきた
さびしい魚はまた一人になった


13)
月夜だった

三日月は釣り針に似ている
月明かりの海はなぜか静かだ
風も穏やかだ



14)
さびしい魚は目を閉じた

眠っているのか
もうすぐ死ぬのか、
魚は夢を見ながらあぶくを吐いた

もう十分だと思った
自分はきっと普通の魚とは少し違うけれど天才でもなく、所詮さかなであることは分かっていた
でも一生懸命に頑張った
何を頑張ったのかは上手く説明できないにしても…

月明かりの中で、魚の鱗は銀色に輝いた
しかし、それは同時に波の背のようにも見えた
そして、木の葉のようにも見えた

さびしい魚は一粒の涙を流した
なみだは波に紛れた。。





2009.9
作曲:土田豊貴  さびしい魚のおはなし 2013

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