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 宝塚国際室内合唱コンクール

12−13 2012.8.11

宝塚国際室内合唱コンクールの想い出は、照り付ける夏の日差しの 思い出でもあります。
まだ20代前半の頃から何度もチャレンジし、ようやくもらった銅 メダルがとっても嬉しかったことはいまだに覚えています。携帯な どない時代、先にメンバーが飲んでいる石橋の居酒屋にたくさんの 銅メダルをぶら下げて行ったことを思い出します。

さて、このコンクールにJCDAユース合唱団で出場させてもらいまし た。ポーランドに行ったメンバーを中心に「原爆小景」を演奏し、 「シアターピース部門」の金賞、全体では総合3位という成績を いただきました。メンバーには決して「ちょっとでも良かったな どと勘違いしないように」ということは重々伝えておきましたが、 私自身も音楽的に高く評価されたとは思っていません。その勇気 ある試みについてのエンカレッジとしていただいた賞でもあるの かな…、と思っています。

宝塚2012 記念撮影

「原爆小景」をシアターピースで演奏することは、やはり非常に 大きな困難と言えると思います。何度も繰り返して丁寧に説明し ないと「なぜこんなことをしなくてはならないのか」という意味 のない問いや演奏の未熟さから活動趣旨への誤解を生んでしまう ので、ここでも反復させてもらわねばならないように思います。 私たちは決して「動きありき」というふうに思ってアプローチし ているわけではありません。
ここには大きく二つの観点があると思います。まず一点目ですが、 これはテキストが「原爆小景」だったからではなく、(テキスト は何でもよいが)シアターピースとしてのアプローチをするとき の心構えの部分についてです。これは、3年前から断続的に指導 をいただいているオペラ演出家の岩田達宗先生の考え方でもあり、 私自身そこに共感してその延長線上で指導をしているのですが、 あくまでも身体の動きを音楽の楽曲分析の一手法として利用する のだということです。例えば、段落やリズムの変わり目、パート 構成やテキスト構成の変化に着目する切っ掛けとして、身体の動 きを連動させた練習をすることが、効果的ということが言えます 。例えば、「水をください」がベースから始まり、テノールに移 り、アルトが受け継ぎ、ソプラノに展開していく場面では、徐々 に音が広がっていく構造を体得するために、歌唱部分に合わせて ベース→テノール→アルト→ソプラノと、ステージの中にメンバ ーを散らしてみました。また例えば、全員が共有するパウゼにつ いては、緊張感をどのようなしぐさで共有するかを考え、そのこ とからパウゼにはどういう狙い(性格や印象)があるかを理解 していくことにつなげてみました。目線が下げて歌うことと目線 を上げて歌うこと、言葉の持つ意味合いがどのように変わるかを 考えてみました。言葉は歌い手の立場をどちらに置き換えるかに よって意味合いが変わってくるもので、そもそも多義的に解釈す べきものであること、、、というようなことは、当たり前に理解 すべきことでもありますが、動きを入れた練習の中で学びながら、 楽曲理解に努めてきたわけです。もちろん、一番の理想は、最終 的には練習で試した全ての動きをやめて、立ったまま演奏し、音 楽の中音色の中に全てを表現していく、、というものであり、こ の発表はそのプロセスを見せる試みであったとも言えるわけです。

2点目は、でも敢えてテキストが「原爆小景」であった部分です。
やはり、我々自身も学びながら、原爆を全く知らない若者にそれ を伝えていくということや、若者が合唱を通して何かを学んでい くということは非常に大きいことなのではないかと思います。私 たちがこの曲に取り組んだのは2年前、やはり当初は、動きに目 がいき、はしゃぎながら練習をしてしまうような部分があったか もしれません。しかし、その後、長崎の原爆記念日のグローバル ピースコンサートに参加させてもらい、広島で演奏会を企画して いただき、原爆ドームや死体の川が流れていたデルタを見学する ことが出来ました。また、今年の三月には同じ戦争被害国であっ たポーランドにこの曲を持っていくことが出来ました。
全員が同一メンバーではありませんが、少しずつ音楽の中身に波 及させていくことで、チームや活動としては、この曲の内奥に少 しずつ迫っていくことが出来てきていますし、この曲を通して若 者の心の中に歴史を理解しようとする気持ち、歴史を乗り越えよ うとする気持ちが出てきていると思います。また、一つの事象を さまざまな立場から想像してみることや、テキストや言葉の向こ う側の心境を想像してみることなんかも、少しずつ育ってきてい るのではないかと思います。

宝塚2012 舞台

演奏そのものに関して言うと、動き(モーション)にもまだ固い 部分があったり、必然性や歌唱との連動が少ない部分があったり します。それは根源的には「合唱人全体(もちろん個性がありま すが、一般的に)」の表現力の稚拙さに帰結していくように思い ます。シアターピースというジャンルは、独立したジャンルとし てコンクールにあることは少し違和感を感じますが、逆に、その 不自然さをも利用して合唱人全体の表現への取組みの見直しをし てみたいという気持ちにもなっています。
歩き方と声の出し方、表情と足腰のしなやかさ、目線と言葉の発 し方、朗読に学び、演劇に学び、それを全て音楽に落とし込むこ との重要性を感じます。

ちなみに、全4曲をアメリカで演奏するということを計画しています。
これも一面的なプロパガンダにならぬように気をつかなくてはな りません。さまざまな人の思いを想像し、地に足がついて、ピュア な気持ちに支えられたものでなくてはならないと思っています。

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