Keishi Ito Homepage 〜目をひらく 耳をすます つぶやく〜 


 花と鳥と金魚  

我が家には休みの日の「朝の音」とでもいうものがありました。子供部屋 は庭に面した二階でしたが、そもそも京都の西の端に位置し、仁和寺や御 室八十八カ所のそばでしたから、自然が程よく残っており、いつも雉鳩や 鳥のさえずりが聞こえる長閑で静かな日曜の朝でした。しかし夢うつつの 中で心地良い朝の声を聞いていると、いつもそれは庭や物置きを行き来す るような音、戸を開け閉めしながら庭の砂利を踏みしめる物音に変わって いくのでした。物音は慌しさを増し、そのうち必ず父親が大声で母親を呼 ぶ声が何度も聞こえてくるので、私などもすっかり目が覚めて起こされて しまうのでした。「たまの日曜日の朝寝坊」などという習慣は我が家には なく、少なくとも父親に関しては、予定がある時もない時も早朝から大き な音を立てて慌しく「庭の土いじり」をしているのでした。
父親は花を筆頭に、植物や小さな生き物が大好きであったように思います。

パンジー 水の遣りすぎや世話のし過ぎでよく枯らしたり駄目にしていたので、育て ることが上手であったとはとても思えませんが、家には小さな庭があり、 所狭しと山椒の木や大輪の紫陽花の株が植わっておりました。小さな花壇 にはパンジーや朝顔が咲き、植木鉢は椿や躑躅からどんな花が咲くのか分 からないものまで犇めき合っているような状態でしたし、池の上には手作 りの棚があり仙人掌の鉢がたくさん並んでおりました。家の中にもたくさ んの植木鉢があり、一時期は階段の段ごとに蘭の鉢が置かれていた気がし ます。こう述べると父の趣味は優雅で素敵なものに感じられますが、内実 はそうではなく、庭は狭くしょっちゅう模様替えされてガチャガチャして いましたし、室内にはそもそも原稿用紙や本が積み上げられ、いつひっく り返ってもおかしくない状態なのに、紛れるようにして植木鉢が置かれて いました。休みの日に父親がおり、土いじりが始まると、よく私が肥料や 園芸用品を買いに行かされましたし、突然父と苔や石を探しに行くことに なったり、間違いなくどたばたした一日になるのでした。玄関に盆栽を飾 っているうちに玄関そのものの板壁の色が気になり、突如黒い防腐剤を探 し出してくると大騒ぎで黒い色模様を付け出したこともありました。決 して一人静かに楽しんだり、明るい<日曜園芸>という種類のものではな く、突如始まりだしたことに家族が強制的に巻き込まれていき、時間がく ると自分は仕事や用事に出て行って、あとは母親と子供たちに任せる…と いう感じでした。しかも、帰ってきてそれが思い通りでないと、また夜中 に大きな物音を立てながら鉢を植え替えたりするので、父の「花好き、世 話好き」には家族はよくため息をもらしたものでした。

父は花だけではなく小動物(愛玩)が好きでした。犬は私が生まれる以前 から何匹か飼っており、犬が飼えなくなっても、ある年の兄の誕生日にセ キセイインコのつがい連れて帰ってきて、そのまま2代3代手乗りにして 室内で飼いならしたことがありました。池の金魚はずっと絶えることなく (私が餌やりの担当)おりましたし、捕ってきたカブトムシをごっそり幼 虫から孵していたことがありました。中でも鈴虫は20年以上の長きに わたって毎年卵を孵し育てていたように思います。夏から秋にかけて我が 家にはたくさんの鈴虫が水槽や特別の入れ物の中で鳴いており、鈴虫の声 の具合で季節の移り変わりを感じることが出来ました。その時期は夕食後 にたくさんの鈴虫の鳴く縁側で父親と将棋を指すことが私の大好きな時間 でもありました。

子供たちに小さな生命を世話することや季節感を学ばせたいというのが父 親の思いだったようです。ただ、先にも書いたとおり、どちらかというと 父親自身は大変な「世話下手」で、過剰に可愛がったり、必要以上に心配 して手をかけたり、しかもどんどん人を巻き込んでいくので、周囲は時に うんざりすることもあるのでした。きっと人に対しても同じようなことで あったのではないかと想像します。ただ、その裏には他者や小さなものに 対する大きな愛情があったことだけは間違いがないと思いますが…。
晩年には再びインコを飼い出し、夫婦で遠出をする時は持って出ようとし ておりました。自宅療養をしていた時も、陽のあたり具合で鉢植えの場所 を変えてみたり、蕾が膨らんで花をつけるのを今か今かと楽しみにしてい ましたし、入院時も早く帰って庭を見たいとうわ言を言っており、自然の ものや可愛いらしいものを愛でるのが本当に好きなようでした。

P.S.
父の葬儀に際しては、孫に当たる私の息子(当時小学生)が画用紙に花と 鳥の魚の絵をたくさん描いて棺に入れてくれました。大好きな花や鳥や金 魚と近くにいることが出来るようにということだったようで、きっと父も 喜んでくれたことでしょう。

全国手話通訳問題研究会の機関紙 より
 
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