夢見る翼の歌~さびしい鳥のはなし

さびしい鳥が
ひとりで
歌を歌っていました
なくした羽を探して飛びながら

どうしてなくしたのかは
すっかり忘れてしまったけれど
誰かに教えてもらった歌を歌いながら
誰に教えてもらったかは
もうすっかり忘れてしまったけれど

空に
樹に
陽射しに
風に

1.さびしい鳥

さびしい鳥が一羽
木の枝で歌っていた
誰かに教わったうたを
それが誰だかはすっかり忘れてしまったが
花の歌を
葉っぱの歌を
虫の歌を
お日様の歌を
夕日が沈んでいくときの歌を
季節が変わって新しい匂いを感じたときの歌を
鳥は
たくさんの歌を知っていた
毎日一人で歌を歌っていた


さびしい鳥が一羽
木の枝で歌っていた
誰かに教わったうたを


それが誰だかはすっかり忘れてしまったが
空の歌を
光の歌を
雲の歌を
野原の歌を
月が滲んでいくときの歌を
雨があがって新しい風が吹いてくるときの歌を
鳥は
たくさんの歌を知っていた
毎日一人で歌を歌っていた
クヌギの木の枝にとまって


瞳閉じて
遥かな遠くの空に向かって
想い出の歌を
夢見る翼の歌を

鳥は
朝焼け前に吹く風で目覚め
月が木のてっぺんに来る頃に眠っていました
その間
いつも一人で
空を飛び
木に止まり
歌を歌い
雲を眺めていました

なくした羽は出てきません
どんな羽だったか、鳥は次第に忘れてきました
空色の羽だったのか
虹色の羽だったのか
金色に輝いていたのか
透明なせせらぎのような色だったのか
でも、一本の羽を春風にさらわれた気がしていたのです
鳥は探していました
他にすることがないので

野辺の道を
街の看板の上を
パン屋の軒先を
銀杏の葉の上を
金木犀のそばを
ライラックの香りの中を

探しながら一人で空を飛んでいたのでした

「僕のなくした羽を知らないかい」
鳥は風に尋ねました
風は答えました
「きっと世界のどこかにあるさ」

「僕のなくした羽を知らないかい」
鳥は川に聞きました
川は答えました
「なくしたもののことは忘れましょう、私はいろんなものを運んだよ、なんだって、いずれ海の波になっていくものよ」

2.鳥は夢を見る

夢の話をしよう
探していた羽を見つける夢だ
それは
ライ麦畑の中に寝転がった少年の髪に落ちていた

少年は夢を見ていた
鳥になって大空を翔る夢だった
雲の間を飛び
陽射しを潜り抜け
雨上がりの虹を目指していた

次第に僕らはどちらがどちらの夢を見ているのか分からなくなってきた
なくした羽はまた春風がさらっていった
少年は夢から覚めて大きく伸びをした
そして僕を見つめたんだ

さっきまで鳥になっていた夢を思い出して
その深い瞳をこちらに向けていた

少年は立ち上がり歩き始めた
僕はライ麦畑の上の空を飛びながら
少年の後姿を追いかけていたのさ

そんな夢の話さ

鳥はよく夢を見ました
空を飛んでいる夢
「これならいつもと変わらないじゃないか」
そう思ったときに
別の鳥が近くで歌っていることに気づくという夢
爽快な気分というほどでもないけれど
ちょっとほっとするような夢でした

夢のあとには大きく深呼吸して
歌を歌いました
白い雲の歌を
若葉にたまった露の歌を

鳥は歌が得意でした
一生懸命に歌い
そして休むのです

夢中になる余り、虫を捕まえ損ねたり、木の実をつついてご飯にすることすら忘れてしまうことがありました
生きるために必要なことではなく、歌は生きていることそのもの
鳥はそう思っていました
胸を膨らませ
力いっぱい歌うのです

3.風の歌

ねえ、知ってる?
風には色があるんだよ
夜明の風はどんな色
つむじ風はどんな色
今日のそよ風は なに色に煌めくのかな

ねえ、知ってる?
風には匂いがあるんだよ
午後の風はどんな匂い
野原を吹いてきた風
あなたの頬をかすめた風
今日のそよ風 どんな香りがするのかな?

風はなんでも知っている
雲の行方も
ミツバチの散歩道も

街に出向き
人の胸を通り抜けて吹いてくるから
誰かの気持ちも知っている
寂しさも
やさしさも
いろんな出来事知っている

風が語るよ
世界中の物語を
風が歌うよ
世界中の歌を

夜になると鳥は木に作った巣穴で眠りました
木の中ではせせらぎの音が聞こえるのです
波の音や、船の音、少年の声や、どこかの街で電車が通る音も聞こえてきました
木はたくさんの音を蓄えているのです


そして、木の穴ではまた、湖のようなぬめりの中に星の光や月の光が漏れてきました
木には世界の光が降り注ぐのです


何かに包まれているようにして
鳥はいつも木で眠るのでした


鳥は聞きました
「ねえ、僕の探している羽はどこにあるんだろう」
木は答えました
「きっと夢の中に忘れてきたんじゃないか」
鳥は言いました
「僕は木の穴の中にあると思うんだよ」
木は少し笑いながら、そして枝を揺るがせながら答えました
「木の穴、そうかもしれないな、でも木の穴は海より深く、空より広いよ」

4.木は宇宙とつながっている

木は安らぎ
葉を茂らせ
陰を作り
陽射しと雨から
命を守る

木は音楽
風を通らせ
根を張り
地球の音を聞いている

木は宇宙
星を枝に飾りつけ
宇宙の回転を受け止めている

鳥たちの開けた穴は
それは心の奥に繋がる道
それは思い出の底に繋がる深い井戸

木の穴
そこには
深い時間の闇がある
誰も覗いたことのない宇宙の果てがある

ある初夏の午後のことでした
鳥は雌鳥に出会いました
このまま一生一人ぼっちなのかと思っていたら
ある日のこと、雌の鳥が寄ってきたのです
驚いたことに、いつものように歌を歌っていると
「あなたの歌気に入ったわ、素敵な声ね」
と言って寄ってきたのです

鳥は、どうしたわけか直観的にこれは自分の結婚相手になる鳥だと思いました
彼女は「アモル」と名乗りました
溌剌とした、元気の良い雌鳥でした

「もっと聞かせて、あなたの歌を」
アモルは強い口調で言いました


人生には不意な展開があるのです
「ねえ、聞かせて」

鳥はそう言われ、たくさん歌を歌いました
そして、
堰を切ったように問いかけてくるアモルに対して
ゆっくり丁寧に答えを返しました

まるで世界の扉が開いていくような気がしました
鍵が刺さったままになっていた机の引き出しが普通に開けられるように
何の造作もなく
時が来て、世界が広がっていったのです

5.こんにちは

「こんにちは」
と、ことばをかけると
「こんにちは」
と、元気な声が返ってきたよ
一つの挨拶が世界の扉を開く
世界は僕らの呼びかけから始まるんだよ
ラララーラララー

「大丈夫?」
と、声をかけたら
「大丈夫」
と、笑顔が返ってきたよ
声をかけると安らぎが生まれる
世界は僕らの笑顔を待っているんだよ
ララララー

「ありがとう」
と、声をかけると
「こちらこそ、ありがとう」
と、明るい声が返ってきたよ
一つの言葉が世界を賑わせる
世界は僕らの会話で動いているんだよ
ララララーラララ

世界は誰かと誰かが出会う場所
言葉は世界を開く扉
さあ
呼びかけてみよう
話しかけてみよう
あなたがいて私がいる
私がいてあなたがいる
だから世界は繋がりまわっているんだよ

「ところで、あなたの名は何?」
さびしい鳥は自分の名前を知りませんでした
「名前ってなに?」
と聞くと
「あなた何も分かってないのね」
と言われました。
いく分きつい口調でした
「しかたないわね、付けてあげるわ、あなたはラウルね、いいわね、覚えてね」
良く分からないまま自分はラウルと名付けられました
そして名付けた彼女がパートナーとなりました
ちょっと厳しく容赦ない感じがするけれど、聡明な美しい彼女でした


ラウルと名付けられた鳥は
さびしさを忘れました
さびしいとはどういう気持ちであったか
どうして今までさびしかったのか
それを忘れ
そしてアモルと名乗る鳥を妻とし、二人で世界を飛びました


ラウルは最初から二人で生まれてきたような気がしてきました
これまで二人で暮らしてきたような気がしてきました
これを幸福というのだろうか
いや、これも夢や幻ではないのだろうか
今に覚めるのかもしれない
と、時折心配になりました

でも、こういうことだ
自分の歌を聴いてくれる誰かがいる
自分の話にうなずく相手がいてくれる
それが幸福なんだ

6.あなたとともに

もしも
ゆるされることならば
あなたのとなりに腰をかけていたい
いつまでもずっと
いつまでもずっと
このまま
あの月を眺めていたい
あなたとともに
あなたの胸の音を聞きながら

もしも
ゆるされることならば
あなたの歌を歌っていたい
優しい声で
きれいな声で
このまま
あなたの瞳見つめて
あなたとともに
滲む星の光を浴びながら

もしも
ゆるされることならば
あなたとともに生きていたい
苦しい気持ち
悲しい気持ち
互いに分かち合いながら
あなたとともに

愛は
いつのまにかそこにある
あの月のように
姿を変えながら知らない間に降り注ぐ
愛は
いつまでもそこにある
仄かな星影のように
小さくとも消えない

愛はまなざし
愛は声
愛はしぐさに宿る気持ちの灯(ともしび)
愛はあなたの存在の全て

二人は空を飛びました
陽射しの中を
風の中を
野原の上を
梨の実の実る畑を
たくさん話をしながら
たくさん歌を歌いながら

やがて妻は卵を産みました
そして卵をあたためました
歌を歌いながら
卵が孵るのを待ちました
ラウルは言われるままに巣作りをして
せっせと餌を運びました
何だか充実感の漂う毎日でした

ラウルは初めて「神」とか「天」とかいうものを感じました
自分たちの存在を大きく上回って司る運命のようなもの
自分たちを生かしてくれている大きな力というのでしょうか
何だかそんなスケールの中に自分が生きているということを自覚したのです
何でもないことが尊く感じられました

妻は母となりました
しかし母鳥はいつまでも孵らない卵を温め続けていました
どうしても3つは孵りませんでした
結局、雛は6羽生まれ
3羽がすぐに死にました
残りのうち1羽は生まれつき足が悪かったのです
しかし、しばらくして2羽が亡くなり最後まで生き残ったのはその足の悪い雛一羽となりました

二人は
その雛に懸命に餌を与えました
「不思議なことだ」
とラウルは思いました

ラウルは
雛に歌を教えました
そして
「ほんとに不思議なことだ」
と思いました。

「いま、自分は雛に向かって語ってもいる、教えてもいる」
彼はそう思いながら雛に向き合いました
「お前は旅立っていかねばならないよ」
足が悪いから、長く生きられないかもしれないけど
一生懸命飛ぶんだよ
白い雲を追って
そして
力の限り歌うんだよ
誰かがきっとお前の歌を聞いているから」

自分はいつのまにこんなことを言えるようになったんだろう
ただのさびしい鳥だったのに
なくしたものを探していただけの鳥だったのに
そう思いました

雛が巣立っていく日がきました
歳月が経つのは早いのです
まだ風の冷たい春先のことです

7.羽ばたけ、力の限り

夜明の星は見ている
羽ばたけ
力の限り
勇気の翼を広げて

真昼の星は見ている
お前の心を
お前のやさしさを
お前の孤独を
慌てることなく
風を待て

夕暮れの星は見ている
お前の中に燃えている炎を
燃やし続けよ
諦めず
空を目指せ

鳥よ
翼広げよ
命の合図だ
出発のときだ
鳥よ
咥えた果実を放り投げ
空へ高く舞い上がれ

「大丈夫だよ」
雛は言いました
雛は一生懸命羽ばたいてみました
練習を重ね
距離を伸ばし
落っこちそうになりながら何度も何度も羽ばたきました
ラウルも妻のアモルも涙が出てきました

ふと育てることに必死になりすぎていて雛に名前を付けるのを忘れていたことを思い出しました
「アモル、この子に名前を付け忘れていたよ」
「まあ本当に」
「必死だったからね、僕もそうやって付け忘れられていたのかな」
「思い出して良かった。じゃあ、エスペランツァね」
アモルは何でも知っているようでした
「エスペランツァ、さあ歌いながら飛びなさい」
「その歌に引かれて必ず誰かがきてくれるから」
二人はそういってエスペランツァを飛び立たせました。


雛(エスペランツァ)は飛び去りました
空高く舞い上がりました
力強く羽ばたきました
雲を追って
風に乗って
未来を目指して
その後ろ姿を二人はじっと見送りました


飛び立つエスペランツァの翼に朝焼けに輝く羽が見えたような気がしました
「そんな色の羽があったっけ?
光の加減で輝いて見えるだけなのかな」
どうもその羽がかつて自分がなくしたと思っていた大切な羽のような気がしてきました
ラウルはわが子を見送りました
頑張れ
高く飛べ
高く飛べ
勇気を持って

後姿を見送るというのは、どんな場合も少し寂しいものです。
ですが、見送っている自分自身の中に、感慨のようなものも感じました。
何か大きな役目を果たしたような気がしたのです。
手ごたえとか、充実感とか、ひたむきさに裏打ちされた感情だったかもしれません。

二人はで夕空を見つめていました
棚引く雲は桃色に染まっています
明るい幸福な色でした
こんなに美しい夕焼けは初めて見たような気がしました
神とか天とか
そんなものがとても優しいものだと思いました


しかしながら、
また二人の時間が続くのかと思った矢先
妻のアモルが鷹に襲われました
一瞬の出来事でした
鋭い爪にさらわれてしまったのです

「あなたさようなら
仕方がないわ
私は役目を果たしたから
楽しかったわ」

鷹の鋭い爪に抱えられたアモルがそう言っている気がしました
ラウルは凍り付いたように、身体が動かなかったのです
羽ばたくことも鳴くことも出来なかったのです
恐ろしい出来事でした

ラウルは再び一人になりました
さびしい鳥はもと通り

8.雨の歌、風の歌

私はいま
風の音を聞いている
耳を澄まして
濡れた頬が乾いていくのを待っている
一つの時(とき)が消えていき
また一つの時(とき)が運ばれてくる
風が心の窓に吹き込んでくる
新しい風が

私はいま
雨の音を聞いている
瞳閉じながら
思い出が降り注ぐ音を聞いている
何かが蘇る予感とともに
何かが芽生えるのを待っている
雨が心の地面に降り注ぐ
恵みの雨が

ラウルは空を見ていました
全てが夢の中の出来事のように思えてきました

ぼんやりと思いを巡らせながら曇る空を眺めていました
神とか天というものの別の表情を感じました
恨むようなそんな気持ちではありません
悔しいとか、そういう気持ちも全てではありません
それらの気持ちを越えてもう少し奥の深い感情のようなものが支配しました

運命という言葉が過りました
最初からそのように決まっていたんだとも感じられました
ならば充実した時間を持ったことに感謝をするべきなのだろうか
とも思いました


時間が
刻一刻が美しく感じられました
全てが煌めいていて朝露のようにも感じられました

9.月日は過ぎて

日が昇り
日が暮れる
波が寄せ
波が返す

芽吹き育ち夏がきて
実り朽ちて雪が降る
この世はいつも回っている
美しい時間はすぐに過ぎていく
苦しい時間もすぐに過ぎていく
歌を歌っているうちに

遥かな未来と
遥かな過去の間のわずかの瞬きのなかで
私たちは羽ばたいている
力いっぱい
夢を見ている間に
人生は過ぎ去っていくようだ

なくしたものは出てこなかった
探していたものも途中から分からなくなった
でも、それに代わるものが人生だ

ひたむきに打ち込めたこと
それでもどうしようもなかったこと
そのことに気付くこと
そのことを受け入れること
それがきっと人生なのだ

夢を見ている間に
私たちの人生は過ぎていく

ラウルは
アモルのことを思い
エスペランツァのことを思いました
かつて自分には名前がなかったこと
しかし、本当はそうではなく自分が忘れていただけなのではないかと思いました
かつてなくしたと羽を探していたこと
しかし、本当にそうだったのか

ラウルは考えました
アモルが亡くなり自分が生き残っていることについて
全ては夢の中の物語なのかもしれない
でも、思い出には
思い出すものと思い出されるものが必要だから、とも思いました
祈りには
祈るものと祈られるものがあるように

そのことに気づくために私は生きてきたのかと
そのことに気づくための時間だったのだと
そして一人に耐える訓練をするのが人生だったのだと
そう思いました

ラウルは星を見ていました
さびしい夜空に光る星を
かつて誰かと一緒に見た星を
花のように咲く星を
微笑みのようにまたたく星を
毎晩見つめていました
そして、やはりこれはきっと夢に違いないとも思いました
夢との区別がつかないままに鳥は歌を思い出しました
これが誰に教えてもらった歌だったかを今ぼんやりと思い出しました

いろんなことを知ったいま
さびしくはない
決してさびしくはない
そう思いながら歌を歌いました

10.鳥と星と空と

見上げた空に
煌めく星はいくつあるだろう?
一人の君を見守る星は

見上げた空に
思い出した歌はいくつあるだろう?
一人の君を勇気づける歌は

雨上がりには
君の額を照らす陽射しが降り注ぎ
君の頬を乾かす風が吹く
想い出は君の胸を温める
歌は君の翼をはためかせる

君は見守り
君は見守られ

君は教え
君は教えられ

君は微笑み
微笑まれる

そうさ、人生の中では
嵐が来ても、額を下げないものさ
暗闇があっても、目を閉じないものさ
君に出来る羽ばたきを続けよう
君は一人ではない
たくさんのまなざしに守られ
たくさんの歌を知っているのだから

さあ
歌おう
誰かが君の歌を聴いている
世界のどこかで

さあ
語り掛けよう
誰かが君の声を待っている
人生のどこかで

勇気を持って
やさしさを持って

雨上がりの日差しは美しい
君は羽ばたくだろう
あの空を目指して
君は歌うだろう
力の限りに、君の歌を





作曲:山下祐加   2016