言葉を忘れた木は
自分がなんという木であったかも分からないまま
この世の隅っこに立っている
ただ季節を感じながら
雪を堪え
春の光に芽吹き
夏空を掴もうとして
秋に葉を落とす
寂しいという言葉も忘れたから
寂しいという気持ちを整理することもなく
思い出という言葉も忘れたから
何かを懐かしむすべもなく
さよならという言葉も忘れたから
雲を見上げるばかりだ
言葉を忘れた木は
じっと立っている
ただ一つの旋律を奏でながら
それは誰に教わったものだったのか
誰が歌っていたものだったのか
木は
歌い続ける
すっかり呆(ほう)けた年寄りのように
言葉を忘れた木は
星の明かりを一身に受けた夏の夜空に
ハミングしながら目を閉じるのだ
千年のときの彼方に
時間の広がりの
途方のなさとはかなさと
自らの存在を噛み締めながら