0 はじめに
皆さんは、幸福ってなんだと思いますか?
そう、いま幸せですか?
改めてそう問われたり、幸福って何かと考えると、なんだか分からなくなってしまいますね。生きているだけで幸せだと思うこともあれば、誰も自分のことなんか分かってくれないと嘆くこともあるでしょう。幸福ってひと括りに言ってもきっと単純なものではないのでしょうね。哲学者であり詩人もあったメーテルリンクはこんなことを言っています
「幸福はどこにでもあってどこにもないもの」
「幸福とは人それぞれにちがうもの、自分自身で自分の幸福を見つけなければならない」
「幸福を得るためには、相応の〈叡智〉がなくてはならない」
どういうことなのでしょうかね?
メーテルリンクは、有名な「青い鳥」の作者ですね。でも、自分のその作品について、この作品について解説するのは哲学書を解説するより難しいと言っていたそうですよ。
青い鳥は幸福の象徴なのでしょうか?
それとも、何か別のメッセージがあるのでしょうか。
皆さんとともに幸福について思いを巡らせてみたいと思います。
〇幸福ってなんだろう(ショート版)
Where is happiness?
幸せはどこにあるの?
What is happiness?
幸せとは何?
I want to find a bluebird for you.
青い鳥を探したい、あなたのために
But when I try to catch a bluebird, it flies away.
でも、捕まえようとすると、青い鳥は飛び去るの
I remember my sweet memories.
私は思い出す、幸福な思い出を
Happy people may not see their happiness.
幸せな人には幸せは見えないのかもしれない
I sometimes get worried that my fate may already be decided.
私はときどき心配になる、すでに私たちの運命は決まっているのではないかと
“There must be a bluebird! “
「青い鳥はいるよ!」
“Where? “
「どこに?」
“It is surely by your side. “
「青い鳥はきっとあなたのそばにいるよ」
“Who are you? “
「あなたは誰?」
“I am nobody. I am you. “
「誰でもないよ、私はあなた」
A blue bird is beside me.
青い鳥は私の隣に
Happiness is right there.
幸せはすぐそこに
Happiness is right there.
幸せはすぐそこに
1 プロローグ
それは、クリスマスの前夜のことでした。
貧しい木こりの子供たちチルチルとミチルはベッドの中で薄い目を空けながらぼんやりとしていました。
「ミチル、今年のクリスマスはプレゼントはないんだよ」
「え、どうして?」
「母さんがサンタクロースのおじさんに頼みに行く時間がなかったんだ。来年は来るよ」
「来年って遠いの?」
二人は、眠れず起き上がると、鎧戸を空けてぼんやり外を見ました。
「あの家には灯りがついているわ、きれいなツリーの飾りが見えるのに」
ミチルは近所にある裕福な家の灯りをうらやましそうに見つめていました。
「ごちそうもあるわよ、クリームパイにりんごにいちじく、お人形のプレゼントも」
「人形なんて、つまらないよ」
「でも子どもたちが楽しそうに踊ってるよ」
「じゃあ、僕たちも踊ろう。ごちそうを食べたことにするんだよ、どうだい?」
チルチルがケーキを切ったふりをして、半分をミチルに渡すと二人でそれを頬張りながら、笑って踊り始めました。
クリスマスの夜を包み込んでいた光の精は思いました。
「おやおや、みんな幸福の意味を探りあぐねているようね、仕方がないわね。一つの物語を編んであげましょう」
やがて、部屋の扉を叩く音がしました。
2
二人が怪しんでいると扉は開き、腰の曲がった妖しいお婆さんが立っていました。それは近くの家に住んでいて、よく台所の火種を借りに来るお婆さんに似ているのですが、腰の曲がり具合や鉤鼻がどうも違っていて、魔法使いのようでもありました。
「子どもたち、何を騒いでいたのかね」
「うちは貧しくてごちそうがないから、パーティーのふりをして遊んでたんだ」
「窓から見える裕福な家のご馳走をみてうらやましくなって」
「なあに、この家もきれいじゃないか、何の不満があるというのかね」
「全然違うよ」
「お前たちは何も見えちゃいないんだね、私からみたら何も変わらないがねえ。それよりお前たち、このあたりに青い鳥はいないかね?」
「青い鳥?、鳥は飼っているけど全然青くはないなあ」
「私には、それが必要なんだよ、病気の娘がいてね」
魔法使いのようにも見えるお婆さんは、ベリリウンヌと名乗りました。そして、自分の家には病気の女の子がいること、自分は年を取り過ぎていて探せないけれど、青い鳥を見つけると病気が治ることが分かっているので、自分の代わりに青い鳥を探して欲しいと頼みました。チルチルとミチルは、少し考えましたが、どうせ退屈を持て余していましたし、それなら面白そうだから少し探してみたいな、と思い始めました。
「でも、どこにいるか分からないよ」
「これが、お前たちの目を良くする帽子だよ、これを被って飾りのダイヤを回すと、見えなかったものも見えてくるんだよ、ものの本当の姿が見えるよ。さあ被ってみなさい」
チルチルがそのダイヤを回しながら帽子を被った瞬間、周囲では大変なことが起り始めました。飼っていた犬や猫がしゃべり始めました。
そして、暖炉の火、バケツに張った水、コップのミルク、テーブルのパンや砂糖がキラキラと輝き始め、命を宿し、それぞれ妖精の姿になって現れました。
〇見えてくる世界
ほら、水が歌っている
ほら、机が光っている
目を澄ましてみると
見えなかったものが見えてくる
世界は眩しく輝いていたんだ
パンやミルクに砂糖にりんご
どうして気づかなかったのだろう
どうして分からないかったのだろう
光が心を照らすと
本当の色が見えてくる
本当の形が見えてくる
僕らの周りは
鮮やかな輝きに溢れていたんだね
ほら、火が踊っている
ほら、暖炉が微笑んでいる
耳を澄ましてみると
聞こえなかった声が聞こえてくる
世界は囁く声でいっぱいだ
どうして気づかなかったのだろう
どうして分からなかったのだろう
光が心を照らすと
本当の音が聞こえてくる
本当の言葉が聞こえてくる
僕らの周りは
たくさんの音楽に溢れていたんだね
光が心に差し込むと
きっと何かが見えてくる
心の瞳が輝くと
きっと世界が動き出す
3
「チルチル、お前は青い鳥を探しておくれよ。青い鳥が来たならば、うちの娘の病気はあっという間に治ってしまうんだから」
「でも、どこに行けば良いのさ」
「まずは、想い出の国に行ってごらん。お前たちには亡くなってしまった大好きなおじいさんとおばあさんがいただろう、なあにあの背の高いブナの木の横道を行ったらすぐ会えるだろうよ、光の精が案内してくれるからね」
そう言われたかと思うと急にわっと辺りが明るくなりました。
光のベールに包まれるようにして、いつの間にかチルチルは森の道に降り立っていました。チルチルは光の精に導かれミチルを連れて「青い鳥」を探す旅へと出たのでした。
「さあ、出発ですよ」
光の精に言われて、チルチルたちは歩き始めました。
4 思い出の国
青い鳥を探してチルチルたちが最初に向かったのは「思い出の国」でした。歩いているといつの間にか昼の時間に変わっており、木漏れ日が溢れてきました。そして、背の高いブナの木の脇の細道の向こうに見慣れた祖父母の家が現われました。こんなに近くに家はなかったはずなのですが、さらに歩いて行くと庭でお茶を飲んでいるおじいさんとおばあさんが見えました。
光の精が言いました。
「私の光は、おじいさんやおばあさんたちにはきっと眩しすぎると思いますので、私は森で待ちますね。どうぞ行ってきてください」
チルチルとミチルは走り出しました。
「やあ、チルチル、やっぱりチルチルだねえ。元気にしているか」
「ミチルも大きくなったんだね」
二人はおじいさんとおばあさんに声をかけられました。懐かしい声でした。すでに亡くなっていたはずなのにと、二人は驚きながらも大喜びで飛んでいきました。抱き寄せられるとおばあさんはミチルを膝の上に乗せました。懐かしい温もりです。おじいさんのごつごつとした指の骨がチルチルの頭を撫でました。懐かしい感触です。
「おかしいなあ、おじいさんたちこんなところで暮らしていたの」
「いや、わしたちはお前たちが思い出しさえすれば、こうやって生き返るんだよ」
二人とも亡くなった時のまま年齢が上がっておらず、穏やかな笑顔で迎えてくれました。
「さあさあ、よく思い出してくれたことだよ、ちょうどお茶にしようとしていたところだからね。お前の好きなりんごのパイがあるよ。たくさんお食べ」
「覚えているだろう、夏至の日に道に迷って帰って来た後に、びっくりするくらいたくさんのりんごパイを食べたんだよ」
チルチルたちは、久しぶりにりんごのパイをお腹いっぱい食べました。そして、なつかしい昔話に花を咲かせました。
〇思い出すだけで
こんなことがあったよね
あんなこともあったよね
思い出すだけで良いんだよ
大切な人は
いつもあなたの中にいるのだから
いつもあなたとともにいるのだから
人は人の中に生きている
永遠に
あなたも誰かの中で生きている
いつまでも
もし君がいま寂しい思いをしているのなら
思い出すだけで良いんだよ
あの人のことを
あの人はあなたの中にいる
涙が溢れたとしても
涙の中にもあの人はいる
そして涙は心に落ちていく
あの人は心の中に眠っている
あなたの手
あなたの瞳
あなたの声
あなたの微笑み
あなたの尖った唇
思い出の中にも愛が通い
思い出の中に人は生きている
あなたの中で誰かが生きている
そして
あなたも誰かの中で生きている
5
「あ、そういえば、鳥かごには黒つぐみがいたよね」
チルチルが思い出して、鳥かごを見ると、黒つぐみは鳴き始めました。そして、次第にきれいな鳴き方になり、それにともなって羽が輝くような青い色に変わっていきました。チルチルは、これがベリリウンヌの言っていた青い鳥だな、と、ようやく自分たちが「青い鳥」を探しに来たのだということを思い出し、おじいさんにこの鳥を持って帰りたいと言いました。
チルチルは鳥かごを手にすると、慎重に運びながら家を後にし、おじいさんたちに向かって力いっぱい手を振りました。やがて、迎えに来た光の精とともにもとの道に戻ると、おじいさんとおばあさんの姿は霧の中に隠れていきました。
チルチルは光の精に見せるために、鳥かごを差し出しました。
でも、何てことでしょうか。さっきまで青かった鳥の羽はすっかりもとの黒っぽい色に戻っていたのでした。
チルチルたちは、再び青い鳥を探す旅に出たのです。
6 夜の国
次に向かったのは夜の国です。夜の御殿は、夜の奥方によって管理されており、幽霊、病気、戦争、影、恐れ、不安…なんかを閉じ込めて扉に鍵をかけた部屋がたくさんありました。そして、その鍵のかかった部屋の一つには、月の光で育てられたたくさんの青い鳥が隠されていたのです。
「しかし、人間は、どうして何でも知りたがるのかねえ。なんでもかんでも灯りを照らせば良いというものじゃないんだよ、幽霊、病気、戦争、影、恐れ、不安、沈黙…、どの扉も開けられ、白日のもとに晒されてしまうと、私たち夜の存在の意味がなくなってしまうわねえ」
夜の奥方はそう言って嘆くのでしたが、光の精の言う通りにダイヤモンドを回すと夜の奥方は諦めて部屋の鍵を渡してくれました。本当の姿を見せないといけないからです。
鍵をもらったチルチルたちは恐ろし気な部屋の扉を順番に開けていきます。
「やっかいなものを外に出すんじゃないよ」
「そうそう、戦争の部屋は開けないでくれよ。混乱はこりごりだから」
夜の奥方は言いました。
夜が隠しているもの、それは、幽霊、病気、戦争、影、恐れ、…
チルチルは「影」の部屋に鍵を差し込みます。
〇扉には鍵が
影がなければ光は生まれまい
闇がなければ星が光らぬように
夜がなければ夜明けも来るまい
隠れる場所がないのなら
逃げ込めるところがないのなら
世界はとても窮屈だ
秘密の場所がないのなら
閉じ込めるところがないのなら
世界はとても生きにくい
恐怖があるから己を知り
不安があるから祈りを知る
だから、開けてはならない扉があるのさ
知らなくて良い秘密があるように
だから、鍵のかかった部屋があるのさ
探さなくても良い過去があるように
聞いてはならない
問うてはならない
もしも秘密の扉が開いたら
ああ、落ちていく、落ちていく
心の井戸の奥底の暗くて深い宇宙の果てに
7
チルチルは恐ろしくなって閉めました。
その後、いくつかの部屋の扉に鍵を差し込み、その中からどうにか青い鳥の隠された部屋を見つけます。そして、飛び立った無数の青い鳥の中から何羽もの鳥を捕まえて鳥かごに入れるのですが、次の瞬間、鳥かごの鳥がみなぐったりしていることに気付きます。近づいてきた朝の薄い光の中で確認すると、青い鳥たちはみんな死んでしまっていたのです。
8 森の木や動物たち
チルチルたちはがっかりして次の国に向かいます。それは、深い森でした。様々な木々に覆われた森に分け入りながら、チルチルは帽子のダイヤを回してみると、たちまちのうちに森の木々のざわめきは人間の言葉になって聞こえてきました。
「あいつはなんだ、人間だ」「見たことないなあ」「あいつのおやじは木こりなんだ、俺らの敵だぜ」「そもそも人間は木を伐りすぎる」「なんでも自分の思い通りになっているとおもっているんだ」「いい気なもんだぜ」「復讐してやらないと」「思い知るがいいんだ」「動物たちの手も借りようぜ」「狼を呼べ狼を」
チルチルは森の木々たちが人間に対して不満と恨みを持っていることに気づきます。やがて森の奥から長老格のカシの木の精が、青い鳥を肩に乗せてやってきたのですが、青い鳥は渡してくれませんでした。それどころか、仲間を伐採し、何でも思い通りになると考えている人間に対して、木たちはここぞとばかりに襲い掛かってきます。光の精の助言で、帽子のダイヤを巻き戻し、間一髪で助かったのですが、結局ここでも青い鳥を得ることは出来ませんでした。
「人間というものは世の中でたった一人で全てのものと戦ってしまっているのですね」
光の精はそんなことを言いました。
9 墓地
チルチルたちは、青い鳥を探しに出て以来、何度ももう一歩というところまで行っては結局青い鳥を手に入れることが出来ませんでした。
「どうして青い鳥は手に入らないの?」
ミチルは言いました。
「そんなに簡単に手に入るんだったら、そこら中青い鳥だらけになっちゃうじゃないか」
チルチルは光の精に聞きました。
「そうですね、そんなに簡単に手に入らないものなのでしょうね」
それからチルチルたちが訪れたのは何とお墓でした。どうやらお墓に入っている人が青い鳥を隠し持っているということなのでした。
チルチルは疑いながらもこわごわ墓場に出かけると、墓石のそばに腰をかけました。ミチルは震える声で言いました。
「ねえ、死んだ人は何を食べてるの?私たち食べられないよね」
「大丈夫、木の根を食べてるんだよ」
チルチルはそう答えると、どきどきしながら真夜中になるのを待ちました。
そして、十分に暗くなったことを見計らうと震える手で帽子のダイヤを回してみました。普段では見えなかったものが見え、気づかなかったことに気付くダイヤです。きっと幽霊か何かが墓穴から出てくるに違いないと身構えたものの、何も出て来ません。周囲は静まり返っていました。チルチルは耳を澄まし、ぼんやりと考えていました。
想い出の国、夜の国、そして森の木たちの声と青い鳥について。それから死者について。
するとどこからともなく静かな歌声が聞こえてくるのでした。
●死者たち
冷たき雨は 降り注ぐ
重く濡れたる この髪に
冷たき露は 地を覆い
私の肌も 濡れにけり
ああ、幼子は 腕の中
誰も扉を 開けはせぬ
丘の緑も 今は枯れ
誰も瞼を 開けはせぬ
窓辺に雪の 降りしきる
訪ねた人を 隠すごと
梢に雪の 降り積もる
倒れた人を 埋めるごと
ああ、若き日は 遠のけど
君が歌声 消えはせぬ
深きまなざし 見えねども
愛の灯 消えはせぬ
10
歌声は途切れました。
「何の歌だろう」
「幸せを願った歌かな、幸せだったときの歌かな、それとも不幸せだったときの歌かな」
「もう、いったいいつになったら青い鳥に会えるのよ、私帰りたい」
ミチルは言いました
「今に、青い鳥が出てくるぞ、僕たちのためじゃない、病気の女の子のために捕まえるんだよ。さあ捕まえる準備をしてくれ」
お墓の一つが盛り上がり、水蒸気のようなものが出てきました。
二人は待っていましたが、いつまで経ってもそれ以上は何も現われては来ません。水蒸気は雪になって降り注ぎました。不思議と寒さはなく、幻燈を見ているようでした。
11 偽りの幸福
旅は後半になり、光の精は言います。
「今度こそ青い鳥は手に入るはずです。そこには人間の全ての喜びと幸福が集められているのです。そう、幸福の国の存在を私は忘れていたのでした。そして、私たちはもうその国の入口である花園に近づいていますよ。そこなら私もついて行って案内することが出来ます」
チルチルたちは、幸福の国の門を潜りました。すると歌声が聞こえてきました。
なんだか楽しそうな歌でした。
◎世界は楽しいことだらけ
そうさ、世界は楽しいことだらけ
小さなことは気にしない
終わったことは忘れよう
大口開けて笑い飛ばせば
世界は明るく照らされる
笑顔が世界を作ってる
そうよ、世界は綺麗に飾られる
小さな綻び隠せばいい
見えないものは見なくてよい
豪華に上手に飾り付ければ
周りはきれいな街となる
世界はいつでも花畑
さあ、乾杯
飲めや歌えや楽しもう
楽しいことはすべてに勝る
飲めや歌えや楽しもう
世界は笑顔に満ちている
そうさ世界は楽しいことだらけ
そうさ世界は楽しいことだらけ
12
進んでいくと一面の花園でした。至るところに泉があり、泉には立派な彫刻や豪華な飾りと着いた金色の壺が置かれています。
そして至るところで太った人たちがふんぞり返って、豪勢なテーブルを囲んでものを食べたり飲んだりしています。見ると、りんごや桃や珍しい南国の果物がきれいなガラスの器に並んでいます。腸詰や子羊のソテー、フォアグラやキャビアが所せまし並べられています。焼き菓子や砂糖菓子もたくさんあります。そして、太った人たちは、ナイフやフォークや、ときに手で、忙しそうにご馳走を頬張りながら大きな口を開けて笑っていました。
光の精は教えてくれました。
「この人たちは<お金持ちである幸福><虚栄に満ち足りた幸福><ひもじくないのに食べる幸福>ですね。あっちにいるのは<何もしない幸福>ですね」
見ると野原で寝そべりながら嬉しそうに口笛を吹いている者もいました。
「青い鳥を知りませんか」
チルチルはずっと御馳走を食べてる人に聞いてみました。
「どうかなあ、青い鳥なんて美味いかなあ、もっと美味い鳥ならいくらでもあるよ」
次に、あくびをしながらのんびり微笑んでいる人に聞いてみました。
「聞いたことがある気がするが、見たことないなあ。気にするな、ピカピカのもっときれいな置物がたくさんあるんだよ」
チルチルは何だか、複雑な気分になってきました。
光の精はアドバイスをしました。
「そうですね、ダイヤを回して御覧なさい、本当の姿を見てみましょう。これが幸福だとしたらおかしなことになりそうですからね」
チルチルが帽子のダイヤを回すと、いままでふんぞり返っていた太った人たちがさーっといなくなってしまったのです。一人はあたふたと駆け出していき、あとの人たちは風に飛ばされるようにして消えて居なくなりました。
13 本当の幸福
「本当の幸福というものは、たいての人は見つけられないのです。先ほどの世界は恐らく偽りの幸福とでも言う世界ですよね」
光の精はそう言うと、チルチルを別の花畑へと導きました。代わりに見えてきたのは、子どもたちでした。
「ほら、あの子どもたちは、<子どもという幸福>ですよ、どの子も差がなく美しく輝いているでしょう。明るく挨拶してくれているのは、<健康である幸福>です。一番美しいわけではないけれど、一番大事なものだと言っているようですね。あの透き通ったのが<清い空気の幸福>、真珠のようなものを一杯身に纏っているのが<雨の日の幸福>、金色に神々しく輝いているのは<星の光出すのを見る幸福>、紫いろのマントは<冬の日の幸福>一番大きな笑顔は<無邪気な幸福>ですね」
「僕は、朝露の野原を素足でかける幸福」
「私は、朝日が葉に溜まった露を輝かせるのを見る幸福」
「僕は、西の空に夕焼けを見る幸福」
「私は、先初めの鈴蘭の花の香に気付く幸福」
いろんな幸福がいました。
「君たち、青い鳥がどこにいるか知らないかい」
チルチルが言うと、<家の中の幸福>は笑いだしてしまいました。
「どうして笑うの、だって僕知らないんだよ」
チルチルが言うと誰かが叫びました
「それは、どこにもあってどこにもないもの」
「世の中には、みんなが考えているより、ずっとたくさんの〈幸せ〉があるのに、たいていの人は、それを見つけられないんです。そして例えば、<善良である喜び>は不幸にに寄り添っているから悲しそうに見えるでしょ。人が一番幸福なのは笑ってる時とは限らないのです」
光は言いました。
〇幸福ってなんだろう(偽りの幸福、本当の幸福)
Where is happiness?
幸せはどこにあるの?
What is happiness?
幸せとは何?
I want to look for a bluebird for you.
青い鳥を探したい、あなたのために
But when you try to catch a bluebird, the birds flies away.
でも、捕まえようとすると、青い鳥は飛び去るの
I remember my happy memories.
私は思い出す、幸福な思い出を
A happy person may not see the happiness.
幸せな人には幸せは見えないのかもしれない
I sometimes become worried our fate may already be decided.
私はときどき心配になる、すでに私たちの運命は決まっているのではないかと
There must be a blue bird!
「青い鳥はいるよ!」
Where?
「どこに?」
The bluebird is surely by your side
「青い鳥はきっとあなたのそばにいるよ」
Who are you?
「あなたは誰?」
I’m no body. I am you
「誰でもないよ、私はあなた」
A blue bird is next to me.
青い鳥は私の隣に
Happiness is around you
幸せはすぐそこに
Happiness is around you
幸せはすぐそこに
14
「あれは何」
チルチルが言うと、近づいてくる輝きがありました。
「あそこにいるのは、幸福の中でもっとも重要な<人を愛する幸せ>ですよ。ほら、近づいてくる人に見覚えがありませんか?」
「え?」
チルチルは目を凝らしました。
近づいてくるのは、ともても美しい女の人です。
「チルチル」
女の人は両手を広げてチルチルを呼びました。そしてチルチルを抱きしめました。
「お前はこんなところに来ていたのかね」
「かあさん、でも、実際の母さんよりももっと若くてきれいな恰好しているよ」
光の精は言いました。
「愛し愛されることで、ずっと若さと美しさが保たれるんです。ここで見えるものは実際のものとは違うからね。さっきの子どもたちと一緒で、〈母の愛〉にお金持ちも貧乏人も年よりも何もなく、愛に満ちたものは皆美しいのですよ」
光の精は続けました。
「この夜の中での出来事は全て水のようなものです。例え、死のようなものでも、受入かたによっては温かくも感じられるものなのかもしれません。物事は甘くもなれば苦くもなり、悲しく思える出来事であっても、心の持ち方によっては生命を元気づけることもあるのです。つまり〈叡智〉こそが運命を手なずけられるのですね」
チルチルはうなずいていました。
幸福とは心の持ちようなのかもしれないと思ったのでした。
しかし、青い鳥はいませんでした。
15 未来の国
光の精はチルチルたちを抱きかかえると、一気に雲の向こうの国へと連れて行きました。
そして、
気が付くと全てが青い光に包まれていました。
チルチルが聞きました
「ここはどこなの」
「ここは雲の上の世界。これから生まれる子供たちが待っている広間、いわば未来の国なのですよ、青い鳥を探す旅はここが最後、いてもいなくてもね」
チルチルはうなずきました。
見渡すと、まだ生まれない小さな子どもたちが走り回ったり、物を作ったり、考えごとをしたりしていました。何やら実験している子どももいます。生まれる前の子供たちは生まれた後に備えて様々なことをしているようなのでした。
「君は何をしているの?」
「ぼくは、12年後に生まれて、53種類の薬を開発することになってるんだ」
「ぼくは、5年後に生まれるんだけど、メロンや葡萄の品種改良をすることになるんだよ、ほらこんなに大きなメロンを作るんだ」
生まれる前の子供たちは、生まれる時にはこの世界に必ず何かお土産を持って行くことになっているのでした。つまりそれは、人生の使命とでもいうのでしょうか。
しかし、中には逆に回避出来ない宿命を背負っている者もいるのでした。それは、例えば病気とか、不幸にして事故に会うとか、場合によっては罪を犯すことになるという宿命までをも背負っているものもいるのです。
その時です。
巨人のような時の番人が大きな鎌を持って見回りにやってきました。しかも大きな声で歌を歌いながら生まれる前の子供たち周りを通り過ぎていきました。
●時が来た
さあ、時が来た
時計の針は狂わない
時が来たら人は生まれ
時が尽きたら人は死ぬ
時の中に人はいる
命とは時そのものなのだ
さあ、船に乗れ
時を得よ
扉は開く、諦めろ
運命には従うのだ
さあ、時が来た
時計の針は遅れない
時が来たら日は昇り
時が尽きたら日は沈む
世界とは時そのものなのだ
さあ、船に乗れ
時を得よ
時の流れに身を委ね
宿命を受け入れろ
時は命を司る
時が世界を支配する
誰も時には逆らえないのだ
時は世界を支配する
16
時の番人はチルチルたちの目の前からは遠ざかっていきましたが、次の船に乗る「まだ生まれないこどもたち」の名簿が読み上げられ、確認されていました。
それからしばらく歩いて行くと、チルチルは呼び止められました。
「チルチル、ぼくはきみを知っているよ」
「どうして?」
「ぼくはきみの弟なんだよ、弟になるために生まれるのさ、先に出会えて嬉しいよ。地上はどんな感じ、寒い?」
「寒くはないけど、寒いときもあるよ、でも暖炉だってある」
「お母さんになる人はやさしい?」
「やさしいよ、りんごのパイもおいしいよ」
これから生まれてくる予定の弟だったのですね。弟は大きな袋を三つ抱えていました。
「君は何を抱えているの」
「僕は三つの病気を背負って生まれることになってるんだ」
「え?、それで」
「そう、それで死ぬんだよ」
「それが分かっていて生まれてくるのかい?」
「そうだよ、仕方ないじゃないか」
チルチルは戸惑いましたが、弟は意に介しませんでした。
「それより、チルチルの目に光るものは何なの?真珠?」
「え、何のこと?」
「なんだか水のようなものが輝いているよ、それは何なの?」
チルチルはまだ戸惑ったままでした。やさしい母さんとの出会いを楽しみにしながら、弟になる子が三つの病気を抱えて死ぬと聞いた時にどうしたら良いのか分からない悲しと寂しさを感じたのです。
「その瞳に光るものは何?」
弟になる子どもが何度も聞くので、光の精が代わりに答えました。
「それは涙というものなのよ。あなたまだ涙を知らないのだけれど、きっとあなたも生まれるときにそれをもらうの。生きるために必要なものなのよ」
〇まだ涙を知らない天使
まだ
生まれない天使
まだ
涙も知らない天使
笑顔で
少しはにかみ
生まれる落ちる先を探している
見つめた雲の水滴の向こうには
天使たちの未来がみえる
例え未来がバラ色でなかったとしても
例え運命に逆らえなかったとしても
天使は泣かない
なぜならまだ涙を知らないから
天使は笑顔のままで船に乗るのだ
青い世界の天使たち
白い雲の上の天使たち
使命を抱え、宿命を背負い
出発の歌を歌いながら
やがて、母たちの声の聞こえる地上へと
やがて、父たちの声の聞こえる家庭へと
祖母や祖父、兄や姉らが待つ港へと
船は舞い降りる
やがて天使は人になる
そう
涙と交換に
悲しみと苦しみを引き受ける
涙と交換に
けわしい人生を引き受ける
天使は
…涙とともに、人に生まれてくる
それはかつての私たち
17
その時です、この雲の上の国に「あけぼの船」と呼ばれる大きな船がやってきました。
人を追い立てるために大きな鎌をもった「時の番人」が国の扉を開け、決まっている子どもたちの名簿を読み上げてその船に乗せるのです。
「さあさあ、今回はあと612秒しかないぞ、早く乗り切れ」
チルチルは、時の番人に見つからないように船に乗り込みました。
「怖がるな、死ぬわけじゃないんだ、生まれに行くんだ。ちゃんとお土産は持ったか、扉を閉めるぞ」
まだ生まれない子どもたちは、お土産を詰め込んだり、順番を確認したり、お互いに別れを惜しんだりしています。
地上で必ず再会出来るように、互いに同じ目印をつけようとしたりもしています。
「そんなもの、みんなどうせ忘れるから意味がないぞ、早く乗れ、出発するぞ」
時の番人は大きな声で言いました。そして、国の扉が閉まると出発の鐘がなり、船は帆を張り始めました。そしてゆっくり雲の上を進み始めました。夢のような美しい光景でした。
「ねえ、何か歌声がする」
「静かにチルチル。あれは子どもたちを待つ母の声です。そしてさっき私は青い鳥を捕まえましたよ。マントの下に隠しています。このまま地上に帰っていくと私たちはお別れです。旅のおしまいなのですよ」
「え、お別れなの」
「はい、黙って」
チルチルが驚きの声を出したので、時の番人に見つかってしまいました。
「お前たちは誰だ、名簿にはなかっただろう、規則は守らねばならん」
時の番人は大鎌を持って近づいてきました。
「さあ、ダイヤを回して」
チルチルは、光の精に促されて帽子のダイヤを回しました。
18 目覚め
気が付くと朝になっていました。
長い間、夢を見ていたのでしょうか。
確か、雲の上の青い世界にいると「あけぼの船」が迎えにきて、それに乗り込んで、…そうやって考えていると子どもたちを呼ぶ母さんの声がしました。それは光の精に言われた歌声ではなく、聞きなれた母さんが自分を起こす声だったのです。
「もう時間だよ、クリスマスの朝なのにいつまで寝てるの」
そして、母さんはチルチルとミチルの寝室の扉を開いたのです。チルチルとミチルは顔を見合わせました。
確かにいつもの母さんでした。
幸福の花園にいた母さんはもっと若くて美しかったように思うけれど、やっぱりこっちのお母さんのほうが安心出来て、好きなんだな、と思いました。
部屋の中を見渡すと何もかも輝いて見えました。朝の眩しい光が窓から差し込んでいます。水に暖炉の火、パンにミルク、砂糖は全て命を持って輝いているように思えました。それから犬や猫を見ました。いつものようにのんびり知らんふりをしています。精霊たちの姿は見えず、犬や猫の言葉は聞こえないのですけれど、何だか長い旅から帰ってきた我が家にはきらきらとした日常があるような気がしました。
19 青い鳥見つけた
二人が起きてしばらく経つと、隣のお婆さんが現われました。確かに魔女に似ていたのですが、魔女ではなくいつものお婆さんでした。
「クリスマスおめでとう、チルチルもミチルも元気かね、クリスマスの料理のための火種を分けてもらえないかねえ」
「お婆さん、娘さんの病気はどうなの?」
お母さんが聞きました。
「悪いんだよ、まだ起きられないんだよ」
「でも、娘が鳥を欲しがってねえ」
お母さんはチルチルのほうに向きなおりました
「チルチル、お前の鳥、世話しないんだから差しげたらどう?」
「鳥、うん、分かってる。でも、青い鳥は捕まえられなかったんだ、青い鳥じゃないけど、それで良いなら」
と鳥かごを見ると、驚いたことに何と鳥かごに入っていたいつものキジ鳩の羽が随分青くなっているではありませんか。
「いつの間にか青い羽の鳥になってる」
「なあんだ、青い鳥はここにいたのか」
〇青い鳥見つけた
ここにいたのね
青い鳥さん
それは晴れた朝のそよ風の匂い
それは、雨上がりの窓ガラスに映る虹
何事もなかったように現れるいつもの景色
ここにいたのね
青い鳥さん
それは微笑むあなたの眼差し
それは、雪どけ水を運ぶせせらぎの音
何事もなかったように訪れるいつもの時間
幸せが何かは知らないけれど
それが幸せかどうかも分からないけれど
人はある時ふと気づく
世界が命に満ちていることに
命が輝いていることに
定められた場所でひたむきに
ほら、青い鳥が鳴いている
ほら、青い鳥が翼を広げている
やさしい陽の光の中で
磨かれた心の中で
いま、青い鳥が私の中にいる
今という時を生きる私を励ますものとして
青い鳥はここにいる
20 青い鳥にげた
チルチルとミチルは部屋の片づけをしてから、ゆっくりとクリスマスの朝食を食べました。そして、長い長い夢の話をしました。光の精に連れられて旅に出たこと。お祖父さんお祖母さんや未来の弟に会ったこと…。
父さんと母さんは呆れた顔をしながらも、相槌を打ちながら聞いてくれていたのですが、ふと気が付くと、隣のお婆さんが娘を連れてやってきました。
娘は長い金髪の髪をしていました。チルチルは少しだけ光の精にも似てるな、って思いました。娘は胸にチルチルからもらった青い鳥を抱えていました。
「え、良くなったの?大丈夫なの?」
「そのようなんですよ、鳥を見た瞬間からぱっと明るい顔になって、この鳥を光の中で見るんだ、と言って立ち上がって。ここまで歩いて来たんです。まるで魔法のようなんですよ」
「びっくりしたなあ、でも良かった」
「さあ、チルチルさんにお礼を」
チルチルは綺麗な少女に見つめられ少し戸惑ってしまいました。二人はしばらく黙って互いを見つめ合っていたのですが、娘がお礼を言うと、チルチルは母さんに促されて娘の手を取り、「どういたしまして」のキスをしました。
それからしばらくまた二人は互いを見つめ合っていたのですが、チルチルがその沈黙に耐えかねるようにして、青い鳥に餌を与えようとしました。
娘から鳥を取り上げようとしたときに、青い鳥は娘の手を離れ空へと飛んで行ってしまったのです。
〇青い鳥飛んだ
青い鳥飛んだ
青い空の彼方に
光に羽を輝かせ
心に愛の灯ともして
青い鳥飛んだ
青い海の彼方に
風に翼を煌めかせ
胸に勇気の言葉残して
水平線のように
見えているのに見つからない
夜明けの始まりのように
分かっているのに捕まえられない
だから私たちは旅に出る
情熱だけを抱いて
だから私たちは旅にでる
憧れだけを目指して
時よ、美しいものよ
今という
繋ぎ止められないものよ
私を照らせ
夢よ、無数にあるものよ
幾重にも
光り輝くものよ
私に呼びかけよ
私たちは見上げる
青い鳥の行方を
青い鳥飛んだ
光の残像だけを残して
でもそれで充分だ
私たちは新しい世界の扉を開いているのだから
もう少し、考え、もう少し勇気を出し、もう少し愛し、もう少し好奇心を持ちもう少し生きる情熱を持とう。それだけで、喜びと真実の扉が私たちの前に開かれる。
誰もがいつか幸福に、その日が一度もやってこなかったとしても、その希望を持つことが人生の意味なのだ
21 エピローグ
「ああ、飛んで行っちゃった、どうしたらいいの」
「大丈夫だよ、僕たちでまた探せば良いだけだから」
青い鳥は飛び去っていきました。
でも、幸福が逃げしまったのでしょうか。
チルチルは慌てず落ち着いていました。少しだけいろんなことが分かってきたように思えてきたからです。
やがて、子どもたちの顔に明るい陽の光が降り注ぎました。
光の精はチルチルにこう言っているようでした。
あなたはすでに分かり始めているのでしょう。幸福は、どこにもあってどこにもないもの。青い鳥を探す気持ちの中に何かが宿り始めるということを。
作曲:山下祐加 2023