青い鳥はどこに(初演版)

0 はじめに

皆さんは、幸福ってなんだと思いますか?
そう、いま幸せですか?
改めてそう問われたり、幸福って何かと考えると、なんだか分からなくなってしまいますね。生きているだけで幸せだと思うこともあれば、誰も自分のことなんか分かってくれないと嘆くこともあるでしょう。幸福ってひと括りに言ってもきっと単純なものではないのでしょうね。哲学者であり詩人もあったメーテルリンクはこんなことを言っています

「幸福はどこにでもあってどこにもないもの」
「幸福とは人それぞれにちがうもの、自分自身で自分の幸福を見つけなければならない」
「幸福を得るためには、相応の〈叡智〉がなくてはならない」

どういうことなのでしょうかね?
メーテルリンクは、有名な「青い鳥」の作者ですね。でも、自分のその作品について、この作品について解説するのは哲学書を解説するより難しいと言っていたそうですよ。

青い鳥は幸福の象徴なのでしょうか?
それとも、何か別のメッセージがあるのでしょうか。

1.幸福ってなんだろう

Where is happiness?
What is happiness?
I want to find a bluebird for you.

幸せはどこにあるの?
幸せはなんだろう?
青い鳥を探したい、あなたのために

でも、捕まえようとすると
青い鳥は飛び去るの

私は思い出す、幸福な思い出を
幸せな人には
幸せは見えないのかもしれない
私はときどき心配になる
すでに私たちの運命は
決まっているのではないかと

“There must be a bluebird! “
“Where? “
“It is surely by your side. “
“Who are you? “
“I am nobody. I am you. “

「青い鳥はいるよ!」
「どこに?」
「青い鳥はきっとあなたのそばにいるよ」
「あなたは誰?」
「誰でもないよ、私はあなた」

A blue bird is beside me.
Happiness is right there.

青い鳥は私の隣に
幸せはすぐそこに

1 プロローグ

それは、クリスマスの前夜のことでした。
貧しい木こりの子供たちチルチルとミチルはベッドの中で眠れずにいました。
男1「ミチル、今年のクリスマスはプレゼントはないんだよ」
女1「え、どうして?」
男2「母さんが忙しくて、サンタクロースのおじいさんに頼みに行けなかったんだ。来年は来るよ」
女2「来年って遠いの?」
二人は起き上がると、鎧戸を開けて外を見ました。
女3「あの家には灯りがついているわ、きれいなツリーの飾りが見える」
女4「ごちそうもあるわよ、クリームパイにりんごにいちじく」
女5「子どもたちが楽しそうに踊ってるわ」
男3「じゃあ、僕たちも踊ろう。ごちそうを食べたことにするんだよ、どうだい?」
チルチルがケーキを切ったふりをして、ミチルに渡し、二人はそれを頬張りながら、笑って踊り始めました。

やがて、部屋の扉を叩く音がしました。

2 魔法使いのお婆さん

二人が怪しんでいると扉は開き、腰の曲がった妖しいお婆さんが立っていました。それは近くの家に住んでいて、よく台所の火種を借りに来るお婆さんに似ているのですが、腰の曲がり具合や鉤鼻がどうも違っていて、魔法使いのようでもありました。

「子どもたち、何を騒いでいたのかね」

男4「うちは貧しくてごちそうがないから、パーティーのふりをして遊んでたんだ」
女6「窓から見えるお金持ちの家のご馳走をみてうらやましくなって」

「なあに、この家もきれいじゃないか、何の不満があるというのかね」

全員「全然違うよ」

「お前たちは何も見えちゃいないんだね、私からみたら何も変わらないがねえ。それよりお前たち、このあたりに青い鳥はいないかね?」

男5「青い鳥? 鳥は飼っているけど全然青くはないなあ」

「私には、それが必要なんだよ、私の家には病気の娘がいてね」

お婆さんは、娘が重い病気だということ、その病気は青い鳥を見つければ治るということ、自分は年を取り過ぎていて探せないので代わりに青い鳥を探してほしいこと、を語りました。
二人は少し考えましたが、面白そうだから探してみたいな、と思い始めました。

男6「でも、どこにいるか分からないよ」

「これが、お前たちの目を良くする帽子だよ、これを被って飾りのダイヤモンドを回すと、見えなかったものも見えてくる、ものの本当の姿が見えるんだよ。さあかぶってごらん」

チルチルがその帽子を被ってダイヤモンドを回した瞬間、不思議なことが起り始めました。

2.見えてくる世界

ほら、水が歌っている
ほら、机が光っている
目を澄ましてみると
見えなかったものが見えてくる
世界は眩しく輝いていたんだ
パンやミルクに砂糖にりんご
どうして気づかなかったのだろう
どうして分からないかったのだろう
光が心を照らすと
本当の色が見えてくる
本当の形が見えてくる
僕らの周りは
鮮やかな輝きに溢れていたんだね

ほら、火が踊っている
ほら、暖炉が微笑んでいる
耳を澄ましてみると
聞こえなかった声が聞こえてくる
世界は囁く声でいっぱいだ
犬や猫に花や木々
どうして気づかなかったのだろう
どうして分からなかったのだろう
光が心を照らすと
本当の音が聞こえてくる
本当の言葉が聞こえてくる
僕らの周りは
たくさんの音楽に溢れていたんだね

光が心に差し込むと
きっと何かが見えてくる
心の瞳が輝くと
きっと世界が動き出す

男声全員「でも、どこに行けば良いのさ」

「まずは、思い出の国に行ってごらん。そこには、お前たちが大好きだった、亡くなったおじいさんとおばあさんがいるよ。光の精が案内してくれるからね」
そう言ったかと思うと、わっと辺りが明るくなりました。
「さあ、出発ですよ」
光の精に導かれ、チルチルとミチルは「青い鳥」を探す旅に出たのです。

4 思い出の国

そこは、木洩れ日のあふれる森の中でした。歩いてゆくうちに、背の高いブナの木の向こうに、見慣れた祖父母の家が現れ、その庭でおじいさんとおばあさんがお茶を飲んでいるのが見えました。
チルチルとミチルは走り出しました。

男7(祖父) 「やあ、チルチル、やっぱりチルチルだねえ。元気にしているか」
女7(祖母) 「ミチルも大きくなったんだね」

懐かしいおじいさんとおばあさんの声でした。
おばあさんはミチルを膝の上に乗せました。懐かしい温もりです。
おじいさんのごつごつとした指がチルチルの頭を撫でました。懐かしい感触です。

男8     「おかしいなあ、おじいさんたちこんなところで暮らしていたの」
男9(祖父) 「いや、わしたちはお前たちが思い出しさえすれば、こうやって生き返るんだよ」

二人とも亡くなった時のまま、穏やかな笑顔で迎えてくれました。

女8(祖母) 「さあさあ、よく思い出してくれたことだよ、ちょうどお茶にしようとしていたところだからね。お前の好きなりんごのパイがあるよ。たくさんお食べ」
男10(祖父)「覚えているだろう、夏至の日に道に迷って帰って来た後に、びっくりするくらいたくさん食べたんだよ」
チルチルたちは、久しぶりにりんごのパイをお腹いっぱい食べました。そして、なつかしい話に花を咲かせました。

3.思い出すだけで

こんなことがあったよね
あんなこともあったよね

思い出すだけで良いんだよ
大切な人は
いつもあなたの中にいる
いつもあなたとともにいる
人は人の中に生きているのだから
永遠に
そして
あなたも誰かの中で生きている
いつまでも

もし君がいま寂しい思いをしてるなら
思い出すだけで良いんだよ
あの人のことを
あの人はあなたの中にいる

涙が溢れたとしても
涙の中にもあの人はいる
永遠に
そして涙は心に落ちていく
あの人は心の中に眠っているよ

思い出の中に人は生き
あなたの中で誰かが生きて
そして
あなたも誰かの中で生きている

男11「あ、そういえば、鳥かごに黒つぐみがいたよね」

チルチルが思い出すと、黒つぐみは鳴き始めました。その声は次第に美しくなり、羽が輝くような青い色に変わっていきました。

男12「これがお婆さんの言っていた青い鳥だな」

チルチルは、ようやく「青い鳥」を探しに来たのだということを思い出し、この鳥を持って帰りたいとおじいさんに言いました。

チルチルは鳥かごを手にすると、家を後にし、おじいさんたちに向かって力いっぱい手を振りました。おじいさんとおばあさんの姿は次第に霧の中に隠れていきました。

やがて、迎えに来た光の精に、チルチルは鳥かごを差し出しました。
ところが何ということでしょう。さっきまで青かった鳥の羽はすっかりもとの黒っぽい色に戻っていたのでした。
チルチルたちは、再び、青い鳥を探す旅に出たのです。

6 夜の国

簡単に見つかると思った青い鳥でしたが、それからしばらくチルチルたちには試練が待ち受けていました。
次に向かったのは夜の国です。夜の奥方が司る夜の御殿には、鍵のかかった部屋がたくさんあり、幽霊、病気、戦争、影、恐れ、不安などが閉じ込めてありました。そして、その部屋の一つに、月の光で育てられたたくさんの青い鳥が隠されているらしいのです。

「しかし、人間は、どうして何でも知りたがるのかねえ。なんでもかんでも灯りを照らせば良いというものじゃないんだよ。すべてが白日のもとに晒されてしまうと、私たち夜の存在の意味がなくなってしまう」

夜の奥方はそう言って嘆くのでしたが、チルチルが光の精の言う通りにダイヤモンドを回すと、諦めて部屋の鍵を渡してくれました。本当の姿を見せないといけないからです。

チルチルたちは恐ろしげな部屋の扉を順番に開けていきました。
「やっかいなものを外に出すんじゃないよ」
「そうそう、戦争の部屋は開けないでおくれよ。混乱はこりごりだから」
夜の奥方は言いました。
チルチルは「影」の部屋に鍵を差し込みました。

4.扉には鍵が

影がなければ光は生まれまい
闇がなければ星が光らぬように
夜がなければ夜明けも来るまい

隠れる場所がないのなら
逃げ込めるところがないのなら
世界はとても窮屈だ

秘密の場所がないのなら
閉じ込めるところがないのなら
世界はとても生きにくい

恐怖があるから己を知り
不安があるから祈りを知る

だから、開けてはならない扉があるのさ
知らなくて良い秘密があるように

だから、鍵のかかった部屋があるのさ
探さなくても良い過去があるように

聞いてはならない
問うてはならない

もしも秘密の扉が開いたら
ああ、落ちていく、落ちていく
心の井戸の奥底の暗くて深い宇宙の果てに

チルチルは恐ろしくなって「影」の扉を閉めました。
その後、いくつかの部屋を開け、とうとう青い鳥の隠された部屋を見つけました。そして、扉を開けたとたんに飛び立ってしまった無数の青い鳥の中から、何羽も捕まえて鳥かごに入れました。しかし、近づいてきた朝の薄い光の中でみてみると、青い鳥たちはみんな死んでしまっていたのです。

8 森の木や動物たち

チルチルたちはがっかりして次の国に向かいました。それは、深い森でした。
森の奥からは長老のカシの木の精が出てきました。驚いたことに、その肩には青い鳥が乗っていたのです。しかし、長老はそれをチルチルに譲ってはくれませんでした。
それどころか、実は森の木々たちは人間に対して深い不満と恨みを持っていることが分かりました。チルチルを見るや、「あいつは木を切る人間だぜ」「なんでも思い通りになると思っている奴らだ」と、口々に言ったかと思うと、森の獣たちにも声をかけ、ここぞとばかりに襲い掛かってきたのです。
チルチルたちは間一髪で助かったのですが、ここでも青い鳥を得ることは出来ませんでした。

9 墓地

それからチルチルたちが訪れたのは何とお墓でした。光の精によるとお墓に入っている人が青い鳥を隠し持っているかもしれないということだったのです。

ミチルは震える声で言いました。
女9「ねえ、死んだ人は何を食べてるの? 私たち食べられないよね」
男13「大丈夫、木の根を食べてるんだよ」
チルチルはそう答え、どきどきしながら真夜中になるのを待ちました。
そして、時計が十二時を打つと、震える手で帽子のダイヤモンドを回しました。
きっと幽霊が出てくるに違いないと身構えましたが、何も出て来ません。周囲は静まり返っています。
チルチルは耳を澄まし、ぼんやりと考えました。
思い出の国、夜の国、そして森の木たちの声と青い鳥について。それから死者について。
するとどこからともなく静かな歌声が聞こえてくるのでした。

5.死者たち

冷たき雨は 降り注ぐ
重く濡れたる この髪に
冷たき露は 地を覆い
私の肌も 濡れにけり

ああ、幼子は 腕の中
誰も扉を 開けはせぬ
丘の緑も 今は枯れ
誰も瞼を 開けはせぬ

窓辺に雪の 降りしきる
訪ねた人を 隠すごと
梢に雪の 降り積もる
倒れた人を 埋めるごと

ああ、若き日は 遠のけど
君が歌声 消えはせぬ
深きまなざし 見えねども
愛の灯 消えはせぬ

10

女声全員「何の歌だろう」
男14 「幸せを願った歌かな、幸せだったときの歌かな、それとも不幸せだったときの歌かな」
女10 「もう、いったいいつになったら青い鳥に会えるのよ、私帰りたい」
男15 「そんなに簡単に手に入るんだったら、世の中青い鳥だらけになっちゃうだろう」
男16 「今に会えるさ。僕たちのためじゃない、病気の女の子のために捕まえるんだよ。」

すると、お墓の一つが盛り上がり、水蒸気のようなものが出てきました。水蒸気はやがて雪になって降り注ぎました。不思議と寒さはなく、まるで幻燈を見ているようでした。

11 偽りの幸福

青い鳥を探す旅は続きました。
光の精はチルチルたちを励ますように言いました。
ナレ「そういえば忘れていました。幸福の国というところに行きましょう。今度こそ青い鳥は手に入るはずです。そこには人間の全ての喜びと幸福が集められているのですよ」

光の精に導かれ、案内された丘を進んでいくと「幸福の国」と書かれた門がありました。そこをくぐると一面の花園でした。いたるところに泉があり、立派な彫刻や豪華な飾りのついた金色の壺が置かれています。
そして、そこら中に太った人たちがふんぞり返って、豪勢なテーブルを囲んで食べたり飲んだりしていました。見ると、りんごや桃や珍しい南国の果物がガラスの器に盛られています。腸詰や子羊のソテーが、ところ狭しと並べられています。太った人たちは、ナイフやフォークを忙しそうに使いながらご馳走を頬張りながら笑っていました。

そして、どこからか歌声が聞こえてきました。

6.世界は楽しいことだらけ

そうさ、世界は楽しいことだらけ
小さなことは気にしない
終わったことは忘れよう
大口開けて笑い飛ばせば
世界は明るく照らされる
笑顔が世界を作ってる

そうよ、世界は綺麗に飾られる
小さな綻び隠せばいい
見えないものは見なくてよい
豪華に上手に飾り付ければ
周りはきれいな街となる
世界はいつでも花畑

さあ、乾杯
飲めや歌えや楽しもう
楽しいことはすべてに勝る
飲めや歌えや楽しもう
世界は笑顔に満ちている

そうさ世界は楽しいことだらけ
そうさ世界は楽しいことだらけ

12

「この人たちは〈お金持ちである幸福〉〈虚栄に満ち足りた幸福〉〈ひもじくないのに食べる幸福〉です。あっちにいるのは〈何もしない幸福〉ですね」
見ると野原で寝そべりながら嬉しそうに口笛を吹いている者もいました。

男17「青い鳥を知りませんか」

チルチルはずっと御馳走を食べている人に聞いてみました。

男18「どうかなあ、青い鳥なんて美味いかなあ」
女11「もっと美味い鳥ならいくらでもあるよ」

次に、のんびりあくびをしている人に聞いてみました。

男19「聞いたことがある気がするが、見たことないなあ。」
女12「気にするな、ピカピカのもっときれいな置物がたくさんあるんだよ」

チルチルは困ってしまいました。

光の精が言いました。
「ダイヤモンドを回してごらんなさい、本当の姿を見てみましょう。これが幸福だとしたらおかしなことになりそうですからね」
チルチルが帽子のダイヤモンドを回すと、今までふんぞり返っていた太った人たちはさーっと消えていなくなってしまいました。

13 本当の幸福

「本当の幸福というものは、たいての人は見つけられないのです。先ほどの世界は恐らく偽りの幸福とでも言う世界ですよね」
光の精はそう言うと、チルチルを別の花畑へと導きました。代わりに見えてきたのは、子どもたちでした。

「ほら、あの子どもたちは、<子どもという幸福>ですよ、どの子も差がなく美しく輝いているでしょう。明るく挨拶してくれているのは、<健康である幸福>です。一番美しいわけではないけれど、一番大事なものだと言っているようですね。あの透き通ったのが<清い空気の幸福>、真珠のようなものを一杯身に纏っているのが<雨の日の幸福>」

男20 「僕は、朝露の野原を素足でかける幸福」
女13 「私は、朝日が葉に溜まった露を輝かせるのを見る幸福」
男21 「僕は、西の空に夕焼けを見る幸福」
女14 「私は、先初めの鈴蘭の花の香に気付く幸福」

いろんな幸福がいました。

男22 「君たち、青い鳥がどこにいるか知らないかい」

チルチルが言うと、<家の中の幸福>は笑いだしてしまいました。

男23 「どうして笑うの、だって僕知らないんだよ」

チルチルが言うと誰かが叫びました

女声全員「それは、どこにもあってどこにもないもの」

光の精は言いました。
「世の中には、みんなが考えているより、ずっとたくさんの〈幸せ〉があるのに、たいていの人は、それを見つけられないんです。」

14

「この世の中の出来事は全て水のようなものです。たとえ死のようなものでも、受入れ方によっては温かくも感じられるかもしれません。物事は甘くもなれば苦くもなり、悲しく思える出来事であっても、心の持ち方によっては生命を元気づけることもあるのです。つまり〈叡智〉こそが運命を手なずけられるのですね」
チルチルはうなずきました。
幸福とは心の持ちようなのかもしれないと思ったのでした。

しかし、探していた青い鳥はどこにもいませんでした。

15 未来の国

光の精はチルチルたちを抱きかかえると、一気に雲の向こうの国へと連れて行きました。
そして、
気が付くと全てが青い光に包まれていました。

男24 「ここはどこなの」

「ここはこれから生まれる子供たちが待っている広間、いわば未来の国なのです。青い鳥を探す旅はここが最後となります、いてもいなくてもね」

男声全員「うん」

見渡すと、小さな子どもたちが走り回ったり、物を作ったり、考えごとをしたりしていました。何やら実験している子どももいます。

男25 「君は何をしているの?」
女15 「ぼくは、12年後に生まれて、53種類の薬を開発することになってるんだ」
女16 「私は、5年後に生まれるんだけど、メロンや葡萄の品種改良をすることになるの、ほらこんなに大きなメロンを作るのよ」

生まれる前の子供たちは、生まれる時には必ずこの世界に何かお土産を持って行くことになっているのでした。つまりそれは、人生の使命とでもいうのでしょうか。
中には、避けられない宿命を背負っている子どももいます。例えば、病気とか、不幸にして事故に遭うとか、場合によっては罪を犯すことになるとか、そんな宿命を背負っている子どももいるのです。

16

それからしばらく歩いて行くと、チルチルは呼び止められました。

女17(弟)「チルチル、ぼくはきみを知っているよ」
男26   「どうして?」
女17   「ぼくはきみの弟なんだよ、弟になるために生まれるのさ、先に出会えて嬉しいよ。地上はどんな感じ、寒い?」
男26   「寒くはないけど、寒いときもあるよ、でも暖炉だってある」
女17   「お母さんになる人はやさしい?」
男26   「やさしいよ、りんごのパイもおいしいよ」

弟は大きな袋を三つ抱えていました。

男26   「君は何を抱えているの」
女17   「僕は三つの病気を背負って生まれることになってるんだ」
男26   「え?それで」
女17   「そう、それで死ぬんだよ」
男26   「それが分かっていて生まれてくるのかい?」
女17   「そうだよ、仕方ないじゃないか」

チルチルは戸惑いましたが、弟は意に介しませんでした。

女17   「それより、チルチルの目に光るものは何なの? 真珠?」
男26   「え、何のこと?」
女17   「なんだか水のようなものが輝いているよ、それは何なの?」

チルチルはまだ戸惑ったままでした。弟になる子が、やさしい母さんとの出会いを楽しみにしながら、三つの病気を抱えて死ぬと聞いて、どうしようもない悲しみと寂しさを感じていたのです。

女声全員  「その瞳に光るものは何?」

弟になる子どもが何度も聞くので、光の精が代わりに答えました。
「それは涙というものなのよ。あなたはまだ知らないけれど、きっと生まれるときにそれをもらうの。生きるために必要なものなのよ」

7.まだ涙を知らない天使

まだ
生まれない天使
まだ
涙も知らない天使

笑顔で
少しはにかみ
生まれる落ちる先を探している

見つめた雲の水滴の向こうには
天使たちの未来がみえる

例え未来がバラ色でなかったとしても
例え運命に逆らえなかったとしても
天使は泣かない
なぜならまだ涙を知らないから
天使は笑顔のままで船に乗るのだ

青い世界の天使たち
白い雲の上の天使たち
使命を抱え、宿命を背負い
出発の歌を歌いながら

やがて、母たちの声の聞こえる地上へと
やがて、父たちの声の聞こえる家庭へと
祖母や祖父、兄や姉らが待つ港へと
船は舞い降りる

やがて天使は人になる
そう
涙と交換に
悲しみと苦しみを引き受ける

涙と交換に
けわしい人生を引き受ける

天使は
…涙とともに、人に生まれてくる

それはかつての私たち

17

その時です、この雲の上の国に「あけぼの」と呼ばれる大きな船がやってきました。
人を追い立てるために大きな鎌をもった「時の番人」が国の扉を開け、決まっている子どもたちの名簿を読み上げてその船に乗せるのです。

男27「さあさあ、あと612秒しかないぞ、早く乗り切れ」

チルチルたちは、時の番人に見つからないように船に乗り込みました。

男28「怖がるな、死ぬわけじゃないんだ、生まれに行くんだ。ちゃんとお土産は持ったか、扉を閉めるぞ」

子どもたちは、お土産を詰め込んだり、順番を確認したり、お互いに別れを惜しんだりしています。
地上で必ず再会出来るように、互いに同じ目印をつけようとする子どもたちもいます。

男29「そんなもの、みんなどうせ忘れるから意味がないぞ、早く乗れ、出発するぞ」

8.時が来た

さあ、時が来た
時計の針は狂わない
時が来たら人は生まれ
時が尽きたら人は死ぬ
時の中に人はいる
命とは時そのものなのだ

さあ、船に乗れ
時を得よ
扉は開く、諦めろ
運命には従うのだ

さあ、時が来た
時計の針は遅れない
時が来たら日は昇り
時が尽きたら日は沈む
世界とは時そのものなのだ

さあ、船に乗れ
時を得よ
時の流れに身を委ね
宿命を受け入れろ

時は命を司る
時が世界を支配する
誰も時には逆らえないのだ
時は世界を支配する

18

時の番人は大きな声で歌っていました。そして扉を閉めると出発の鐘が鳴り、船はゆっくりと雲の上を進み始めました。夢のように美しい光景でした。

男30「ねえ、何か歌声がする」

「静かにチルチル。あれは子どもたちを待つ母の声です。そしてさっき私は青い鳥を捕まえましたよ。マントの下に隠しています。地上に帰れば私たちはお別れです。旅のおしまいなのですよ」

男31「え、お別れなの」

チルチルが驚きの声を出したので、時の番人に見つかってしまいました。

男32「お前たちは誰だ、名簿にはなかっただろう、規則は守らねばならん」

時の番人が近づいてきました。
「さあ、ダイヤモンドを回して」
チルチルは、光の精に促されて帽子のダイヤモンドを回しました。

19 目覚め

気が付くと朝になっていました。
長い間、夢を見ていたのでしょうか。
確か、雲の上の青い世界にいると「あけぼの」という船が迎えにきて、それに乗り込んで、……そうやって考えていると母さんの声がしました。それは光の精が言っていた歌声ではなく、母さんが子どもたちを起こす聞きなれた声だったのです。

女18(母)「クリスマスの朝なのにいつまで寝てるの」

朝の眩しい光が窓から差し込んでいます。部屋の中を見渡すと何もかもが輝いて見えました。長い旅から帰ってきた我が家には、きらきらとした日常があるような気がしました。

20 青い鳥見つけた

二人が起きてしばらく経つと、隣のお婆さんが現われました。確かに魔女に似ていたのですが、魔女ではなくいつものお婆さんでした。
「クリスマスおめでとう、チルチルもミチルも元気かね、クリスマスの料理のための火種を分けてもらえないかねえ」

女19「お婆さん、娘さんの病気はどうなの?」

お母さんが聞きました。
「悪いんだよ、まだ起きられないんだよ。でも、娘が鳥を欲しがってねえ」
お母さんはチルチルのほうに向きなおりました

女20「チルチル、お前の鳥、世話しないんだから差し上げたらどう?」
男33「鳥、うん、分かってる。でも、青い鳥は捕まえられなかったんだ、青い鳥じゃないけど、それでいいなら」

と鳥かごを見ると、驚いたことに、鳥かごに入っていたいつものキジ鳩の羽が随分青くなっているではありませんか。

男34「いつの間にか青い羽になってる」
男35「なあんだ、青い鳥はここにいたのか」

9.青い鳥見つけた

ここにいたのね
青い鳥さん
それは晴れた朝のそよ風の匂い
それは、雨上がりの窓ガラスに映る虹
何事もなかったように現れるいつもの景色

ここにいたのね
青い鳥さん
それは微笑むあなたの眼差し
それは、雪どけ水を運ぶせせらぎの音
何事もなかったように訪れるいつもの時間

幸せが何かは知らないけれど
それが幸せかどうかも分からないけれど
人はある時ふと気づく
世界が命に満ちていることに
命が輝いていることに
定められた場所でひたむきに

ほら、青い鳥が鳴いている
ほら、青い鳥が翼を広げている

やさしい陽の光の中で
磨かれた心の中で

いま、青い鳥が私の中にいる
今という時を生きる私を励ますものとして

青い鳥はここにいる

20 青い鳥にげた

チルチルとミチルは、父さんと母さんに、長い長い旅の話をしました。光の精に連れられて青い鳥を探しに出たこと。おじいさんおばあさんや未来の弟に会ったこと……。
父さんと母さんは相槌を打ちながら聞いてくれました。
そこへ、近所のお婆さんが、今度は娘を連れてやってきました。


娘は胸に青い鳥を抱え、金色の長い髪が輝いていました。
男36「病気は、良くなったの? 大丈夫なの?」
ナレ「そうなんですよ、鳥を見た瞬間からぱっと明るい顔になって、この鳥を光の中で見るんだ、と言って立ち上がって。ここまで歩いて来たんです。まるで魔法のようですよ」
男37「びっくりしたなあ、でも良かった」
ナレ「さあ、チルチルさんにお礼を」

チルチルは娘に見つめられて、少し戸惑ってしまいました。二人はしばらく黙って互いを見つめ合っていましたが、やがて娘がお礼を言い、チルチルは母さんに促されて娘の手を取り「どういたしまして」のキスをしました。
それからまた二人はじっと見つめ合いました。その沈黙に耐えかねるように、チルチルが青い鳥に餌を与えようとしたそのとき、青い鳥は、娘の手を離れ空へと飛んで行ってしまったのです。

10.青い鳥飛んだ

青い鳥飛んだ
青い空の彼方に
光に羽を輝かせ
心に愛の灯ともして

青い鳥飛んだ
青い海の彼方に
風に翼を煌めかせ
胸に勇気の言葉残して

水平線のように
見えているのに見つからない
夜明けの始まりのように
分かっているのに捕まえられない

だから私たちは旅に出る
情熱だけを抱いて
だから私たちは旅にでる
憧れだけを目指して

時よ、美しいものよ
今という繋ぎ止められないものよ
私を照らせ

夢よ、無数にあるものよ
幾重にも光り輝くものよ
私に呼びかけよ

私たちは見上げる
青い鳥の行方を

青い鳥飛んだ
光の残像だけを残して

でもそれで充分だ
私たちはいま新しい世界の扉を開いているのだから

21 エピローグ

女全員「ああ、飛んで行っちゃった、どうしたらいいの」
男全員「大丈夫だよ、僕たちでまた探せば良いだけだから」

青い鳥は飛び去っていきました。
幸福も逃げてしまったのでしょうか。
チルチルは慌てず落ち着いていました。少しだけいろんなことが分かってきたように思えたからです。

やがて、子どもたちの顔に明るい陽の光が降り注ぎました






作曲:山下祐加   2023