おばあさんのタルト

いつかどこかのクリスマス
隣のおばあさんは、腰が曲がっていていつもぶつぶつ言っていた。あまりよく聞き取れなかったけど、何かの不満(特に都会に言った息子についての不満)であったのだと思う。でも、私たち姉妹を見ると、いつもにこにこ挨拶をしてくれた。「可愛いねえ、いくつになったのかねえ」おかげで私たちは年に10数回も自分たちの年齢を説明しなくてはならなかった。おばあさんは一人暮らしで、都会に行ったという息子さんは一度も帰ってきたことはなかったし、ご主人がいつどのようにして居なくなったのかは分からなかった。私たちがよく覚えているのは、庭のいちじくを大切に育てていて、いつもクリスマス前になるとにいちじくのタルトを作ってくれていたということばかりだ。
クリスマスが近づくといちじくを収穫しコンポートにするところを見せてくれた。それから、洋酒(おそらくブランデーであったと思う)の瓶を台所の奥から出してくると、それが切れてないかを確認して、「あんたたちのにはあまり入れないからねえ」と笑った。
おばあさんの口癖は、「女の子はきれいとかじゃだめだのよ、強くしたたかでなければならないよ」ということであった。「強さとは何だと思う?強さとは経済力よ」とちょっとドスの効いた声で言うと、私たちのほうを見てにこにこしながら頭をなでてくれた。「お前たちは本当の孫のようにかわいいね、お姉ちゃんはやさしい、妹はお転婆だね、どっちも素敵だよ」と、色の違うリボンや色紙をくれたりもした。どういうわけか、姉の私にはブルーか水色、妹にはピンクの色をくれるのが慣例であった。そして私たち姉妹もその色分けがしっくりしていたので、二人のことをよく見てくれていると感じ、嬉しかった。
クリスマスにはいつもおばあさんのうちでいちじくのタルトを食べさせてもらった。隣の家に入り浸ることには父も母もあまり良い顔をしなかったので、遊びに行っていることをあまり正直に言うことはなかった。ただ、クリスマスの日にはおばあさんがお母さんに「いちじくのタルトをごちそうする」と正式に招待をしてくれていたので、母親もその日くらいは近所の大人から愛されても良かろう、その間に自分の家の料理を進めよう、と思っていたようで笑顔で送り出してくれた。
おばあさんはいつも小型のタルトを20個くらい焼いた。都会の息子に5つ、離れた地に暮らす妹に5つ送ると、かかりつけの医者に3つ、仲良くしている一人暮らしのばあさんに5つ届けていた。「愛してない人に料理は作らないよ、料理は愛する人のために作るんだよ」と言った。そして、私たち二人にはあまりブランデーを入れてないものを食べさせてくれた。一度だけは、間違えて私がブランデーを効かせたものを食べたものだから、ほほを真っ赤にして家に帰らねばならなかった。
私が12歳になったとき、おばあさんは引っ越してしまった。母に聞いても事情は良く分からなかったが、家を売却しなくてはならなかったようで、「ドラ息子が」と何度も大声で叫んでいたらしいということは耳にした。おばあさんは挨拶もそこそこに私たちの元から去ってしまった。隣の家は、子供のいないやさしい中年の夫婦が来たのだが、母親はむしろほっとしたように、今までよりも丁寧な近所付き合いをした。
私たちは、これでいちじくのタルトは食べられなくなったんだ、とがっかりしていたら、次の年のクリスマスの前日におばあさんからタルトが送られてきた。驚いて母親に聞くと、隣のご夫婦のもとにおばあさんから連絡があって、クリスマスにタルトを焼くので庭のいちじくの果実だけは収穫させてほしいと言ってきたということだ。中年のご夫婦は、気立ての良い人たちだったので、二人で収穫をし、たくさんのイチジクを箱に詰めておばあさんの新しい住所に送ったのだそうだ。当然隣のご夫婦のところにも5つのタルトが送られていた。私たち姉妹には二人の宛名のメッセージとともに水色のリボンとピンクのリボンでくくられた箱でタルトが送られてきた。メッセージカードには「一番出来の良いものをあなたたちに送ったよ」と書いてあったので、私たち姉妹は声をあげて喜んだ。
それから2、3年そのようなことがあったが、その後隣のご夫婦はご事情で引っ越していかれた。新しい家主は、エネルギッシュな若いファミリーで、あっという間に庭をガレージに変えると2台の車を停めていた。いちじくの木はなくなった。そしておばあさんの便りもなくなった。
がっかりする私たちに母はおいしいケーキを買ってきてくれたが、私たちが待っていたのはおばあさんのタルトだった。
それから数十年が経過する。
私は弁護士になっている。結婚し子供が出来たが、新しい家を建てたとき、庭にいちじくの木を植えた。数年経ってようやく実がついてからは毎年いちじくの実を収穫し、娘とともにいちじくのタルトを作っている。クリスマスが近づいた11月の下旬、昔おばあさんに作ってもらったタルトを思い出し、大好きな人のためだけに焼くのだ。そして娘に言っている。
「強い女の子になるんだよ、やさしい女の子になるんだよ」
「強いとやさしいは違うわ、どっちが良いの?」
「いいえ、強いからやさしくなれるの、やさしいから強くなれるの」
「へえ、そんなものなのね」
そんな会話をしながら。



クリスマスが近づいてきたら
いちじくのタルトを作ろう
懐かしい味だ
思い出の香りだ
私はたくさんタルトを作る
そして、一番良いのをあなたにあげる
眩しい夏の日差しを浴び
のどかな秋の雲に見守られ
庭で育ったいちじく使って
バターたっぷり
ブランデー注ぎ
丁寧に焼き上げるタルト
腕を振おう
愛情込めてしっかりと
あなたが好きだと知っているから
あなたを好きだと分かっているから
クリスマスが近づくと
素敵な笑顔思い浮かべて

クリスマスの夜が来たなら
さあ、タルトを食べよう
懐かしい味だ
夢のような香りだ
あなたはたくさんタルトを作り
そして、一番良いのを私にくれた
さわやかな朝の風に揺れ
やさしい夕暮れの光を受け
丘で育ったいちじく使って
砂糖たっぷり
くるみ散らして
丁寧に焼かれたタルト
素直な心で
あなたの愛を受け止める
あなたが好きだと知っているから
あなたを好きだと分かっているから
クリスマスの夜に
素敵な笑顔思い浮かべて




2023
作曲: 2023