さびしい魚のおはなし

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ある朝のことだった
突然のことだった
いきなり大きな魚が口を開けて襲い掛かってきたのだ
人生初めての危機は唐突にやってきた
さびしい魚は懸命に逃げた
死ぬ気で逃げた
大きな魚は俊敏な動きではなかったが、かなりの覚悟を決めて襲ってきた
何度も食べられると思った
しかしその都度ぎりぎりのところで、逃げきった
大きな魚は追いかけてきたが、もう衰弱してしまっていた
そして息も絶え絶えに言った
「おれはお前を食べたかった」と
「どうして?」
「腹が減ったからだ」
大きな魚は鋭い歯をしていた
しかし、もう目には力が無かった
よほどお腹がすいていたのか、泳ぎ疲れたのか
「俺は、だから、お前を食べたかった」
そう言って半分目を閉じた
大きな魚の鱗は擦り切れていた
もともと怪我をしていたのか
それでも最後の力を振り絞ってかっと目を見開いて睨みつけると、何か呟いて、そのままあぶくを吐いて死んだ

死骸は浮き上がり光に照らされた
「おれはお前を食べたかった」
という言葉が何度も何度も恐ろしいほど胸に響いた