死のそばにいる天使

天使は病室にいる
闘病している子の手を握るために

天使は戦場にいる
傷ついた兵士に寄り添うため
天使は死に寄り添う
天使は死者に寄り添う
天使は残されたものに寄り添う

生きることの悲しみや苦しみのことを天使は知っている
痛みや辛さのことを天使は知っている
悔しさや後悔のことを天使は知っている
裏切りや薄情のことを天使は知っている
恨みや妬みのことを天使は知っている
怠惰やため息のことを天使は知っている
生きることに伴う全てのことを天使は知っている

しかし天使は見つめるだけだ
寄り添うだけだ
注意深く抜き足や駆け足を繰り返すだけだ
軽やかに飛翔を繰り返すだけだ

天使には善悪の判断などない
天使には生や死の区別などない
ただ特別なその瞬間に人が望むのを知っているので
そっと手を握る
人を落ち着かせるように

天使は死の間際の人のそばにいる
胸に手を当て
自分の人生がそれなりの価値があったと安心させるため
いや、価値とかでなく
生命を生きたことの労いのため


死者に精一杯の労いを
生者に精一杯の安心を
天使は人が孤独であることを知っているがゆえ
見つめ寄り添う

天使は桜の花びらの下にいる
天使はアタッシュケースの中にいる
天使は図書館の本棚に凭れ掛かっている
天使は何気ない日常の中に反復する生と死の境目を漂う

そして、いま天使は
たなびく雲に向かっている


2010.12.13