六月の朝
あなたが天に召された
決して長くはなく、しかし決して短すぎもしなかった人生を終え
心残りもあったが、全力を尽くし多くのことを遣り終え
目を閉じた
世界の友にたくさんの思い出も残し
多くの人を悔しがらせたが、身近な人には少しの心の準備と覚悟も与え
息を引き取った
人生という幾重にも解釈出来るものとの戦い
病との闘い
他人のために身を削り
敢闘賞を与えたい人生であった
心には少し穴ぼこが空いていた
それを埋めようとしたのがあなたの人生であった
胸の奥からは過剰なまでの愛情が噴き出し溢れ
ときに憐憫や自己愛との増幅も見られたが
リリックでありナイーブであった
全てのことが直線ではなく、少しはにかみ曲がっている感じがした
指の先も
眼差しの先も
背中も
少し曲がっていた
やわらかな人生だった
凛々しい人生だった
微笑みに満ちた人生だった
自らの陰りによって奥行きと想像力のある人生だった
心に空いた穴ぼこは最後には埋まったのだろうか
生活や花や人を愛することによって埋めようとした穴ぼこは
最後には埋まったのだろうか
傷を背負った人生だった
肩に力の入った人生だった
汗にまみれた人生だった
どこか敗者の悟りのような美意識の混じる人生だった
あなたの人生
幼い日の窓から見えた太い幹のクスノキと同じくらいの時間
様々な出会いに満ち、めまぐるしく変化する感情と向き合った人生
花開く瞬間の不思議さと緩やかさと優雅さに溢れた人生
最後にはうわ言で母の名を呼びながら
あなたは
夢見るようにゆっくり目を閉じた
あなたは
満開の躑躅の取り囲む道の奥に遠ざかっていった
露しげき一本道のはるか彼方に
まだ淡い紫陽花の彩りの中に
涙の粒が素早い筋になって消えていくように
夕焼けに向けた少年の声のように
遠ざかっていった
あなたは
六月の山の上にただよう雲となり
霧となり
降り注ぐ雨となり
やがて樹液となって吸いあがり葉を茂らすエネルギーとなり
花となり
さまざまの形になって私たちの周りにいることになるのだろうか
少しのまどろみと呼吸のあと
捧げたい言葉も
形容したい言葉も
やがて幻灯のように移ろう数枚の写真を前に口を閉ざす
それは最初はあなたの晩年の笑顔であり
次にあなたの一番溌溂としていた時期の躍動的な姿であり
やがて私の知らない学生服の写真に変わり、
最後には一枚の少年の姿に移っていく
そこには芒洋として
どこか緩慢な甘えん坊の笑顔をした少年の姿が映っている
兄弟とは随分年の離れた末っ子の姿が映っている
多くの言葉は出番を控え
指だけが、その古びた写真を何度もなぞる
「そうかこれであったか」とでも言うように
その薔薇のつぼみの発見に
私は最も大きなうなづきであなたの人生を肯定したくなるのだ
六月の朝のさわやかな風にさらわれるようにして
あなたは亡くなったが
庭の見える明るい部屋の中で
時々日差しに頬を照らされながら写真を見る私や私たちの心の中で
あなたはやはり新たに生き続けるのだ
やさしい木漏れ日のように