蛇祭り伝説

=第1場=


睡蓮の咲く静かな沼のほとり
親子の蛙が月を見ていました

~親子の蛙~

「ねえ、父さん、月だよ」
「きれいだねえ、少し雲がかかっているから明日は雨かねえ」
「ねえ、月はどうして落ちてこないの?なのに雨はどうして降ってくるの?」
「さあ、なんでかねえ」
「あ、雨はあのお月さんの涙なの?」
「ああ、そうだねえ、そうかもしれないねえ。わしは学がないから難しいことはよう分らんがねえ。まあのんびり月を眺めようや」
「あ、お月さん笑ったよ」

●今夜はきれいな月夜だね(1)

ああ、きれいな月夜だね
水面に灯りがともったよ
木の葉がそよいでいるよ
誰かがきっとこの月を見ているんだね

ああ、きれいな月夜だね
細い雲が横切っていくよ
星が瞬きしているよ
誰かがきっとこの月に照らされているんだね

さやさやそよそよ
風が吹く
さらさらそろそろ
波が立つ

今夜は静かに眠ろうね
まあるい月夜の光浴び

今夜は明るい夢見よう
まあるい月夜に見守られ

沼には千匹もの蛙が暮らしていました
雨が降るのを待ちながら
雨が止むのを待ちながら
月や星を眺めながら
陽が昇るのを眺めながら

いつ終わるともない日常の中で特に退屈もせず
その中で起こる小さなドラマに気持ちを動かし
時に哲学者のように考え込み
時に少年のように空を見上げ

蛙たちは
日照りが続くと雨乞いの神事を行いました
普段は特に秩序もなく、バラバラの生活をしている蛙たちでしたが、この時だけは気持ちを合わせました
神官が出てきて、呪文を唱えると沼中の蛙たちが声を合わせます

※雨乞いの音楽

「ゲロゲロ
ひゅーップ
ヒューッぷ

雲湧き、雲湧き起れ
風吹き、風吹き叫べ
点々点々
雨粒、雨粒落とせ」

~雨の音(フィンガースナップ)~

雨の日と晴れの日にはバランスが必要なのですね

雨が降ると蛙たちは歌うのでした
やはり雨が好きなので
降り続く雨を見ながら歌い踊ることが蛙たちのささやかな楽しみでもありました

※雨が降ってきた

「Gelo Gelo Gelo Gelo
Gwwa Gwwa Gwwa Gwwa

RRRRRRRR RRRRRRR
RIP RIP RRRR RIP RIP RRRR」

と、まあまあ何とか平和な暮らしが維持されていたわけです。
あの日までは
そう、沼のほとりに化け物が出る日までは

ある梅雨の大雨のあとの晩
恐ろしい出来事が起こりました
化け物が現れたのです

ギラリと光った目に睨まれたまま
一匹の蛙がまったく身動きの出来ない状態でひと飲みにされました

「こいつは大ごとだ」
「みんなに知らせないと」
「困ったことになった、平和だったこの沼に」
「日照り以外の問題が発生した」
「でかい化け物が現れた」

平和だった蛙沼に衝撃的なニュースとして駆け巡りました

「あれは見たこともない化けもんじゃ」
「蛇?」
「蛇かもしれんが大きすぎる」
「大雨によって近くの湿地に流されてきたのかもしれん」
「退治しないと」
「退治どころか対処のノウハウもないわい。無理もない、この沼が平和すぎて、我々は緊張感なく暮らし過ぎてきた、つまりゆで蛙というわけだったな」
「蛙というのは生物学的には小さな昆虫には優位があるだけで、あとは弱いもんだからなあ、困った困った」

化け物はその後も晩に定期的に現れました。
必ず沼の北からやってきて、東側に回ると東側に住む蛙に次々と襲いかかりましたので、最初はてっきり東側だけが狙われているのかと考えられ、西側に住む蛙たちは、ドキドキしながらもひょっとすると自分たちは関係ないのかも、出来ればそうあってほしいと思っていました
しかし、ある日とうとう西の沼地に現れ、西側に住む蛙にも犠牲者が出たのです
しかもどうやら別の化け物のようなのです

「化け物は一匹じゃないぞ」
「どこから来るか分からないぞ」

一気に大きな不安と恐怖が沼全体に押し寄せました
そして蛙たちは大騒ぎしました

今までの行いや振る舞いに何等かの問題があったのか、祟りではないのか、とひたすらに祈る者、逃げ惑う者、意味もなくパニックになる者もいました

「父さん、僕たち食べられるの」
「気を付けなけりゃならないなあ、逃げ足鍛えようなあ」

●不安の影(2)

誰だ
闇の彼方に光る目は
赤い炎が私を睨む
誰だ
しぶきの中に閉じる目は
青い炎が静かに燃える

それは己を照らす炎
心の鏡が映し出す
私の中の本当の姿
さらけ出された
怒り、不安、憎しみ

それは己に向けた刃(やいば)
心の井戸が隠している
私の中の本当の気持ち
暴き出された
妬み、裏切り、苛立ち

閉じていた蓋が開かれる
心の奥底の怪しい瞳
私を見張る鋭い目

声を上げるとコダマが返る
駆けだそうとすると扉は重く閉じていく

誰だ
闇の中を光る目が
こちらをにらむ
自分自身でも気づかぬうちに
気づかぬうちに

私は私に追いつめられていく…

沼全体に暗雲が広がっていく中

沼の東側に住んでいた一番の英雄アキレスが立ちあがりました
誰しもが英雄のアキレスなら何とかしてくれると思っていました

「あいつなら、あの化け物を退治してくれるに違いない」
「俺らにはアキレスがいるんだから」
「きっと大丈夫だ」

期待を背にアキレスは満月の晩、化け物の気配を感じ、化け物の出る沼の北側に一人で出向きました。蛙たちは影から見守ることにしました、
しかし、アキレスはひと飲みにされてしまったのです。化け物は大蛇でした。今まで見たこともないような大きな蛇です。
アキレスは伝家の剣を抜き、大蛇の口の中で剣を振り回したのですが、大蛇は少し血を流しただけで、蛙の英雄を飲んでしまったのです
それを目のあたりにした蛙たちはショックのあまり鳴き声も出せませんでした。
そして、その知らせを聞いて沼全体が混乱してきました

それから間もなく、いても立ってもいられなくなった沼の西側に住む第二の英雄パリスも得意の弓を持って戦いを挑みました
何日も大蛇が来るのを待ち構え、ついに現れた大蛇に弓を引いたのですが、大蛇は軽くかわした後に、同じくひと飲みにしてしまいました
パリスもアキレスと同じ運命をたどったのです

2人の英雄の死に沼は騒然となりました
この世の終わりとも言える大変な事態になったのでした

=第2場=

~口笛~

「俺は雨の匂いが好きさ」
「旅から旅への自由人、ちょっと気になる噂を耳にしてこの蛙沼へと立ち寄ってみたのさ」
「おっと、風の匂いに紛れて。熟れた山なしの匂いがするぜ。うんうん、良い酒があるな、なおさら気になるぜ」

蛙の大半はこの沼に生まれ、この沼の周辺で一生を全うします
しかしながら、どの世界にも風来坊がいるものです。
まだらの背中をした片足の蛙、ユリシスは片足を巧みに操りながら沼から沼に渡り歩く変わり者でした

●俺は風来坊(3)

俺は雨の匂いが好きさ
雨の降る前の
湿った土の匂い
木肌の匂い
そして濡れそぼった葉の匂い
光が澱んでいく
雲が大地と語っている
俺はそこで歌うのさ

俺は雨の音が好きさ
ドラムのようなその音が
ビートの効いたその音が
水たまりを作り
大地にしみこみ
木の根がそれを吸い込む音が
俺はそれを聞きながら眠るのさ

俺は
どこからかやってきて
どこかへと去っていく
口笛吹いて
岩の上に片足で立って見わたせば
世界って案外広いもんだぜ

俺は雨のしぶきが好きさ
天の水が瞳を磨く
その冷たさが五感を刺激する

俺は
どこからかやってきて
どこかへと去っていく
歌を歌って
岩の上に片足で立って見わたせば
世界って案外面白いんだぜ

ユリシスは、誉れ高い蛙の英雄たちの相次ぐ死のニュースと、化け物に怯えているこの蛙沼の噂を聞いてやってきたのでした。

「私を雇わんかね、蛇退治には定評のある私を。年間1000万円で契約せんか、格安だよ」
「誰だお前は、片足じゃないか」
「戦で片足失ったが、何の不自由もないのさ」
「得体のしれない、やくざ者が」
「俺様ユリシス、まあまあ有名なんだよ、その筋ではね」

ユリシスは沼の東西に顔を出し、大きな態度で売り込みをしましたので、沼ではたちまちそのニュースが駆け巡りました

「胡散臭い野郎が来た」
「こっちにも来た」
「もし本当なら、半分出すか」
「馬鹿言うんじゃないよ」
「しかし、このままではパニックも収まらない」
「あいつ、蛇退治には定評があるって言ってたぜ」
「こんな混乱期にはあんな輩が現れるのさ、詐欺には簡単に騙されちゃならない、酒ばかり飲んでるぜ」

ユリシスの登場によって、慌てた沼の蛙たちは ようやく緊急対策本部を作りました。沼をあげて対策を立てなければならないということにようやく気づいたのです。

「東も西も、年寄りも若者も、一緒に戦わないと」
「ひとまずは、共通の敵なのでねえ、一致団結しないと」

もう少し早くに、少なくともアキレスとパリスがともに共同して戦ったらまた違った結果になったかもしれません。しかしながら、だいたいにおいて物事は取り返しがつかなくなる手前に何とか対策が練られるものです。

蛙たちの会議ではたくさんの意見は出されました。しかし、それぞれにただの思い付きのようなものでなかなか纏まりません。それどころか、日ごろから何かにつけて悪口を言う井戸端会議はあれど、まともな議論というものをあまりしたことがなかったので、なかなか会話もかみ合わないのでした。

●3つの意見~三群の合唱(4)

A)
俺はこう思うんだ
大きな敵にはかなわない
降伏というと言葉が悪いが
現状維持
何とかかんとか現状維持
少し後退もやむを得ない
時が解決することもあるさ
用心しながら生きること
慎重になって生きること

ケロケロケロ・・・・・

B)
何を言うんだ
立ち向かえ
まず気持ちで負けてはいけない
立ち向かえ
何があっても
立ち向かえ
人生には戦いが付き物だ
逃げてばかりはいられない
立ち向かっていくときなのだ

ルルルルップ・・・・・

C)
いやいやいやいや
残念ながら
立ち去ろう
逃げる勇気も必要さ
精神論も限界だ
残念だが止むを得ない
立ち去ろう
この沼を出て
新しい住処を探すのが
最も良い手に違いない

クワックワックワ・・・・・・

ケロケロケロケロ・・・・
ルルルルップ・・・・
クワックワックワ・・・・

「ともかく気持ちで負けてはいけない、全員が討ち死にするまで戦うのだ」
「いや、気持ちで負けなくとも、全員討ち死にしちまうよ」
「いや、毒を盛るというのはどうだ?水仙やキョウチクトウなんかを磨り潰して飲ますんだよ」
「誰が飲ますんだよ」
「誰か、…だなあ」
「相手は蛇だぞ、俺らと同様に毒のある植物くらい知っているだろうが」

「和平交渉というのはどうだろう」
「そうだそれだ」
「平和が一番」
「こっちに来ないで、って言うんだよな」
「分かってもらおう、代わりに蓮の実を献上するとか」
「ばかか、」

蛙沼の蛙にとって初めての難題に議論は夜を徹して続きました。
しかし、その途中にまた犠牲者が出ました。思い余って、大蛇を追いかけて「もうやめてくれ」と言いに行ったものまで、ひと飲みにされました。

「どうしたら良いんだろう」
「蛇よけの儀式をするとか」

緊急対策本部は、何も手を打てないまま疲弊していきました。


「本当にもう、君らの議論は見てられないねえ」

声をあげたのはユリシスでした。
ユリシスはずっと寝転んで熟れた山なしの酒を飲みながら、議論の様子を聞いていたのです。
しかしながら、やがて、しびれを切らしたように片足で立ち上がりました。

「仕方ないなあ、君たち、人身御供というのはどうだ?」
「人身御供?そんなこと出来やしない」
「人間たちがよく使う手だぜ、多少の犠牲で大半の命が救われるならばやむを得ない。誰かが犠牲になって大勢を守るのさ」
「そんなことできるものか?どうやって選ぶんだよ」

「もちろん、いや、そのように装うという作戦だね」

ユリシスは岩の上に立ちました。

「私は歴史や古今の物語を渉猟してきた。そしてこの手のシチュエーションについても、たくさんの事例を研究してみた。分析するとある種のパターンがあるのさ。そのことを前提にして、状況に応じたいくつかのアイデアを重ねてみていたよ」
「どんなアイデアかね」
「諸君、答えを急いではならない。下手な議論をいくつ重ねても、何もしていないのと同じなんだ。むしろこんな時にはリーダーが大事なのさ。君らはリーダーもなくかみ合わない「蛙の合唱」しているだけのことさ。そもそも、まず敵が誰で、どんな敵なのか、大蛇なら何匹いるのか、どこに居て何を狙っているのか、誰か正確に答えられるかね?」

もちろんそのような基本的な事項さえまともに答えられるものはいません。全体を見据えた議論なんてとても出来てないのでした。

「敵を知り、己を知る、そして弱点や強みを抽出して今何が出来るかを考える。今すべきことは、そういうことじゃないのかな。情報収集、現状分析、そしてその後相手の弱みと自分たちの強みを生かした作戦を練る、…当たり前のプロセスを踏まないといけないねえ」

確かに、ユリシスの声には説得力がありました。次第に沼の蛙たちはユリシスの意見に耳を傾けるようになりました。

「むやみに戦うことが良いとは限らない、しかし、俺たち蛙も自信を持つことは必要だぜ、強い意志を。この蛙沼には蛙沼の強みがあるものさ、そんなことを考えたことがあるかね?己たちの強みは何だろう?」
「そんなことは微塵も考えたことはなかった」

ユリシスは沼のたもとの大岩に立つと朗々と歌いました

●蛙の歌(5)

鈍色の雲が真昼の空を覆うと
一匹の蛙が鳴き出した
稲光とともに
数千匹の蛙の声がこだまする
るりるりるりと歌いだす
それが
蛙の宴の始まりだ

エメラルドの背中が斑に光る
泥にまみれながら生きて来た一億年の歳月が
俺たちの命を支える
雷鳴よ鳴り響け
雨中に薫れよ杜若
るりるりるりと雄たけび響け
空の雲との競演だ
るりるりるりるりぎゃわぎゃわぎゃわぎゃわ

紅色の雲が西の空にたなびくと
一匹の蛙が鳴き出した
最後の炎とともに
数千匹の蛙の声がこだまする
げりげりげりと歌いだす
それが
蛙の宴の始まりだ

オリーブの背中が漂い溢れる
泥にまみれながら生きて来た一億年の歳月が
俺たちの物語を支える
夕日よ燃え盛れ
赤く映えよ蓮の花
げりげりげりと叫べよ騒げ
赤い火との競演だ
げりげりげりげりぎゃわぎゃわぎゃわぎゃわ

魚は陸では死ぬ
獣は水で死ぬ
蛙は逞しく生き残るのさ

月に向かって跳ねながら
星に向かって踊りながら
逞しく歌うのさ
数千匹の命の歌を

10

蛙たちはなんだか、一緒になって歌いました。
そうすることで何だか力と自信がみなぎってくるように思いました。

まず、ユリシスの言う通り偵察部隊が編制されました。定期的に大蛇が出る北の湿地についてすばしっこい蛙たちが、葉っぱに身を隠したまま探ってきました。

「大蛇は3匹、長さ大きさはこれくらい」
「北の溜め池に住んでいる」

どうやら大蛇は3匹いるのです。普段は随分北の藪や溜め池に住んでいるのですが、お腹を空かすと沼の北部にやってくるようでした。

「それ以上はいないよなあ、ならばぎりぎり勝ち目があるぜ」

ユリシスは、次に長生きしている蛙を捜し、沼の歴史について尋ねました。そして地域を丹念に歩き回り地形や地理について、藪や繁みの状況についても詳細を確認しました。

11

緊急対策本部の会合の中でユリシスは言いました

「よく考えてみよう。普通は強いやつが弱いやつをやっつける。しかし世の中にはその逆になるケースがまあまああるんだよ、どういう場合か分かるかね」
「弱い奴が強い奴を倒す場合ってこと?」
「そうさ、強いものにも弱点がある」
「蛇には手足がないとか、、」
「まあ、そうい具体的なことではなく、まずは一般論として考えてみよう、まず、強い者には奢りという弱点がある」
「奢り?」
「プライドだよ、そのプライドをくすぐる」
「プライド?」
「そして、油断だな」
「なるほど」
「強さから来る傲慢や奢り、それが程度の邪魔をしたり作用したりして、ある種の油断が生まれる」
「確かにそういうものか」
「次に、この手の戦いを制する知恵としては禁忌事項を逆に利用するということだな」
「禁忌?」

ユリシスは演説をしました。

「ダメと言われていることを我々はどうしてもしたくなる、見るなと言われているものを我々はどうしても見てしまう、押すなと言われているボタンを押したくなる」
「なるほど、奢りをついて、プライドをくすぐりながら適度な秘密のメッセージのようなものを与えるということですね」
「そして3つめだ。何より酒が有効だな、それこそ古今の物語の中でも、成功するのは酒を使った作成さ。それこそヤマタのオロチもそうだな。トロイの木馬作戦も、酒があっての成功だからな。」
「酒?」
「ああ、これさ」

ユリシスは肩に担いだ瓢箪の徳利を示しました

「私は特別として君らは、蛙だけにゲコだろうが、この沼のそばに良い山なしの木があることを知っているかね。虫が群がる樹木もたくさんあるぜ、それらを上手く使ってどうにかこうにか酒を作る。そして、蛙沼から敬意を表して酒を用意する。大蛇は酒好きだからなあ、きっと飲んでしまうに違いない」

ユリシスは自らの立てた作戦を説明しました。
蛙たちはまだまだイメージが足りないなりにもユリシスの意見に従い、一致団結して協力することにしました。
まずは酒造りです。
ユリシスは蛙たちを従え、カブト虫らの群がるブナやコナラの樹を探し、樹液を集めたり、良い具合に熟れて腐った果実を探しました。

「自然発酵したものを使え。酒は人生の楽しみ、そして失敗もまた酒から」

ユリシスは掛け声をかけ、沼の蛙たちを統制していきました。

●さあ酒造り~必要なことは何だろう(6)

<酒造り>
さあさあ
甘い樹液を集めよう
ブナやコナラの木を昇れ
それから蓮の実集め
潰せ、砕け、こね回せ
煮ろよ、炊き込め、かき混ぜろ
時間が経ったら木陰で冷やせ

さあさあ
熟れた果実を取ってこい
梨の実桃の実取ってこい
それから蓮の実集め
潰せ、砕け、こね回せ
煮ろよ、炊き込め、かき混ぜろ
時間が経ったら土瓶に入れろ

さあ酒造り、酒造り
力を合わせて酒造り

<必要なことは、…フーガふう>
さあ、必要なことは何だろう
準備、計画、状況把握
さあ、必要なことは何だろう
分析、作戦、役割分担

いやいやそれに先駆けて
団結こそが重要さ
全てはそこから始まるものさ
肝心なのはこのことさ

さあ、必要なことは何だろう
言葉、振る舞い、協調性
さあ、必要なことは何だろう
勇気、覚悟、積極性

いやいやそれに先駆けて
落ち着くことが重要さ
全てはそこから始まるのさ
肝心なことはこのことさ

さあ
機は熟したぞ何事も
熟れた果実が落ちる時
それが、決戦の狼煙(のろし)が上がるとき

12

ユリシスの指示のもと、老若男女、共同しての作業が続きました
蛙沼をあげて蛇退治の機運が高まってきました

ユリシスは次に木の蔓や草を使って丈夫な縄を作り、松の葉や栗のイガを束ねて強い剣を作りました。また特に身のこなしの早い者を選び出すと先陣として鍛えました。身体が大きい蛙の中から力自慢の者をピックアップし、特別攻撃するチームを編成しました
大勢の蛙たちをチームに分け、大蛇の口を縄で縛る訓練、石をぶつけたりいが栗を被って体当たりする訓練をし、崖下の川に突き落とすためのルートも確認しました。

「しかし川に落とすだけで大丈夫ですかねえ」
「雨を降らすのさ、大雨を。するとあの川は思いっきり急流になるだろう」
「なるほど、そのまま一気に海まで行ってしまうという訳か」
「君たちの得意な雨乞いだよ、雨の後は急流になるからな」

全ての作戦は川の流れの早くなるように、雨乞いをして雨を降らせた後に決行することにも決めました。

「そうそう、風林火山を知っているかね、鉄砲隊の前には無残な結果になるわけだが、俺はそれを混ぜ合わせた作戦を立てるぜ。俺らは歴史を生きてるんだ。先輩たちから学ぶのさ。歴史は教科書。そして古典を読むことだぜ。呑気に暮らすだけじゃだめだぜ」

最初はその振る舞いや言動に戸惑った沼の蛙たちも次第にユリシスに気持ちを託すようになってきました。

「ユリシスはどうしても蛇退治に執念を燃やしてるんだね」
蛙たちは時折彼に質問をしましたがユリシスがまともに答えることはありませんでした

「趣味だよ、趣味。俺も少しずつ知恵がついてきたという訳さ。しかしながら夜は月でも眺めて、一人酒」
ユリシスは夜になると一人岩の片隅で月を眺めながらお酒を飲んでいました

13

ある程度の準備が出来た段階で、ユリシスは蛙沼のリーダーとなり、化け物の交渉役をかって出ました。

「リーダーはまず自分から見本にならねばな。勇気を示し、求心力を得ることが必要さ」

ユリシスは、そう言うとひと飲みにされないようにギザギザのアザミの葉っぱや、いが栗の皮を身にまとい、一人で、大蛇の住居に近づいていきました。そして大きな岩のてっぺんに片足で立つと、大声で叫びました。

「頼もう」
「なんじゃ、蛙か」
「なんじゃ蛙かではなく、スーパー蛙でございます」
「誉れ高き大蛇の方々に相談がありまする、決して私をひと飲みせずにきいてください」
「なんじゃ」
「この蛙沼から次々に蛙をさらわれると私どもは毎日不安におびえる日々が続きます。そこで提案です。あなた方は三匹おられると聞き及んでいますが、月3匹ずつ、生贄をさしあげることにいたします、どうでしょう」
「ふむ」
「生贄になったものには大変残念なことではありますが、千匹の蛙が日々不安に包まれながら暮らすよりはましかという判断をいたしました。」
「まあ、我々も狩りをしに出掛けていく手間が省けるというわけだな」
「そうでございます、毎月満月になりました夜に台座に乗せた蛙を3匹差し出すことにしましょう。ただ、我々の神事といたしますゆえ、酒とともに祭らせていただきますが、決して酒には手を出されないほうが良いかと思います。」
「酒?」
「そうでございます、天の神に供えますものゆえ、いかに大蛇様といえど、飲むのは控えていただきたく思いまする」
「なるほど、そうか、了解した、我々にしても月に3匹は保証されているわけだな」

蛙たちの不安は収まりはしませんが、ユリシスの行動に従っていくことで連帯感や一体感が生まれてきました。

14

細い月が三日月になり、半月になり、ふっくらした琵琶の形になってきました。
いよいよ満月の夜が近づいてきます
あとは雨を降らすことです

ユリシスは腕組みをしながら蛙の神官に言いました

「雨乞いの神事をやってくれんかねえ
ここで雨を降らすことが大事なんだ
最後の最後で蛇を小川に放り込む作戦なんだがね。
川の流れが必要なんだよ
かなりの急流になってほしい、大雨降らしてくれんかねえ」

蛙の神官たちは言いました
「我々蛙沼の蛙と雨とは非常に密接な関わりを持っておる、沼の蛙たち全員の気持ちを合わせて雨乞い儀式を行うとするよ」

「頼んだぜ」
ユリシスは言いました

翌月の満月の日の前日。一千匹の蛙たちは一丸となっ雨乞いをしました。

※雨乞いの音楽

ゲロゲロ
rrrrrrrr
ひゅーップ
ヒューッぷ

雲湧き、雲湧き起れ
風吹き、風吹き叫べ
点々点々
雨粒、雨粒落とせ

~雨の音(フィンガースナップ)~

15

運よく雨は降り始め、大雨になりました。そして蛇たちの生息地に近い川の流れを早めたのでした。
(※フィンガースナップ、唇音)

「よしよし、雨が降ってきた」
「どんどん降ってくれ」
「水嵩を増してくれ、川の流れよ早くなれ」

●雨は賑やかに(7)

点々点々
雨が、雨が降り出すと
点が輪になる
輪が広がっていく
幾重にも重なりながら
池には波紋が広がっていくよ
紫陽花の花が咲くように

みずすましがスケートリンクで滑る
小鮒が跳ねる
恵みの雨が降ってきた
野花も草も雨の中
雨よ流れよ川になれ

点々点々
雨が、雨が降り出すと
点が輪になる
輪が広がっていく
楽しいリズムを刻みながら
池には音が溢れていくよ
オーケストラの演奏のように

睡蓮の花がバレエを躍る
ザリガニたちが騒ぎ出す
恵みの雨が降ってきた
森の緑も雨の中
雨よ流れよ川になれ

16

雨は一日中激しく降り続きました
そして、その雨もやがて小降りになり、あがり始めた頃、ちょうど満月の夜となりました。
蓮の台座には樹液や梨の実やハスの実で作った酒を入れた壺を乗せました。
そして、千匹の蛙たちは、酒の台座を運ぶ先陣たちと、第一陣、第二陣、第三陣、それから特別攻撃隊とに分かれて待機をしました。
ユリシスは蛙たちを統制し、びくびくする者を落ち着かせ、励ましと勇気を鼓舞する声をかけました。

「大丈夫さ、心配するな、この決戦が蛙沼を強くする、この決戦が蛙たちを賢くする。試練を乗り越えることも時には大切だ。今がその時なのだ。準備をしてきたかどうかが勝負を分ける。我々は全身全霊で準備をしてきた。落ち着いて実行しよう。」

ユリシスは月を見上げました。

17

少し滲んだ満月の明かりに照らされながら、蓮に乗せられた壺の酒と、その台座の担ぎ手とそれを先導するユリシスが出発しました。
草木には雨のしずくが光っています。ユリシスは振り返ると待機する蛙の大群に拳を振りかざしました。
いよいよ決戦の時です。
一行は大蛇の住む北の湿地にたどり着きました。

「頼もう、大蛇どの」
「おお、来たな、片足の蛙だな。来なかったら明日ひと飲みにしにいくつもりだった」
「蛙は嘘をつきませぬ、お約束通り生贄を3匹用意しております。まずは酒を運んできましたが、これは我々の神事ゆえ、決して飲まないでいただきたい。そもそも、手作りの寄せ集め酒ですので、大蛇様のお口には合いますまいが。どうぞよろしくお願いいたしまする。生贄の3匹は今禊の儀式を行っておりまして、夜明けより前に必ず参ります。」

そう言ってものものしい蓮の台座に大きな酒壺をおきました。そして、担ぎ手の蛙たちとともにうやうやしく丁寧なお辞儀をすると、引き返すふりをしながら茂みから様子をうかがっていました。

もちろん、言いつけを守るつもりのない大蛇ですが、酒壺の中から立ち上ってくる甘い香りに吸い寄せられてきました。
「なるほど、酒か、存外に良い匂いじゃわい」
「食事前の食前酒といこう」
「わしらに蛙の神事は関係のないはなし」

そう言いながら壺の蓋をあけると長い舌とを出し、酒を舐め始めました。そしてそれがなかなか良い具合でしたので、そのままなめ続け、しばらくするとうとうと眠ってしまい始めたのです。

その様子を見ていたユリシスは、先陣たちを呼び寄せると指示を与えました。そしてその後に大量に押し寄せてくる蛙たちを引き寄せました。
「いいか、先陣たちはまずあいつらの口を縄で縛るんだ。首尾よく行ったら、そこから先は第一陣。特性の剣で目を狙え、それが駄目でもブスブス差したら疲れる前に一度引き上げろ、第二陣が川へと運ぶ、うまくいったら総攻撃をかける。3手に分かれて突き落とすんだ。特別部隊は一番暴れている蛇のところに加勢しろ。縄が外れそうになっているものがないかを見張れ。いいな」

ユリシスは大岩に片足で立ち、大声で叫びました。

「さあ、今だ」

●一千匹の蛙たち(8)

さあ、いまだ
踊れ、戦え
勇気奮って
一千匹の蛙たち
自慢の足で飛び跳ねよ
磨きあげた剣を抜け

例え力は弱くとも、組み合わせれば強くなる
仲間がいれば
大きな力が湧いてくる

さあ、その時だ
立ち上がれ
拳にぎって
一千匹の蛙たち
腹の底から雄たけび上げよ
怒りの声で威嚇せよ

例え声は細くとも、組み合わせれば力になる
仲間がいれば
知恵も元気も漲ってくる

さあ
決戦の時は来た
秘めた力を見せつけろ
団結のエネルギー
時代を変えろ
世界を変えろ

クワッククワック
ケロケロケロ
ルルルルルップ ルルルルルップ
ガーッ ガーッ ガーッ
・・・

18

途中で目覚めた蛇もいましたが、動きが鈍く、特別編成の攻撃陣が奏功しました

ユリシスの狙い通り、先陣たちが朦朧とした状態の大蛇の口を縄でしばり、第一陣が特性の剣で目を刺しました。力自慢の第2陣が協力して石をぶつけた後、栗のイガで体当たりをして大蛇にダメージを与えると、縄を引っ張って蛇たちを川べりに引っ張り始めました。
大きな岩の上で片足で立ちながら陣頭指揮を執っていたユリシスですが、そのあたりでさらに掛け声をかけ、一千匹の蛙たちの総攻撃となりました。

三匹の大蛇は、のたうち回りながら流れが速くなった川に放り投げられると、なす術もないまま流されていきました。
完璧な作戦勝ちでした。

蛙が一気に蛇を倒したのです。
柔良く剛を制す。
知恵者が力自慢を打ち負かす。
たくさんの力が一つに結集することで大きな難敵を倒すことに成功したのです。

「よくやった」
「ユリシス万歳」
「蛙沼万歳」
「夢のようだ」

19

~祭囃子~

「勝ったぞ」
「さあ平和がやってくる」
「力を合わせたことの勝利」

一千匹の蛙たちは雄たけびを上げました。
そして思い思いに歌い、踊り出しました。
力を合わせて化け物退治できたことの喜びが沸き起こってきました、

ユリシスは大岩に片足で立ち、勝利を祝うと岩に腰掛け酒を飲み始めました

「みんなよくやった。気持ちの良い勝利だ。」
「やはり古典を読み、歴史に学ぶことだな」

読みの通り作戦が決まったことにユリシスは満足気に言いました。

※祭り囃子

蛙が跳ねりゃあ
雨が降る

蛙が歌やあ
月が照る

今夜は満月
一千匹の蛙たちの祝い酒
蛇退治のお祝いに
祭り囃子が鳴り響き
月明かりが沼照らす

ああ、蛇祭り蛇祭り、松葉を集めて火を灯せ
ああ、蛇祭り蛇祭り、夜が明けるまで跳ね踊れ
・・・

●虹がかかる(9)

夜明けの空に虹がかかる
時間をかけた雨上がり
世界がもとに戻っていく

虹がかかる
それは僕らが飛び越えるための
新しい夢
それは僕らに示された
遠い希望

雨が上がると
新しい道が見えてくる
洗い流された心に
新しい光が差してくる
それは僕らが再び歩き出すための合図なのさ

まっさらな空に虹がかかる
静かに訪れた雨上がり
世界が呼吸を始めている

虹がかかる
それは僕らが飛び越えるための
新しい夢
それは僕らに示された
遠い希望

虹がかかる
今日が昨日になり、明日が今日になっていく

雨が上がると
新しい色が見えてくる
洗い流された大地に
無数の若葉が輝いている
それは僕らが再び歌い始めるための合図なのさ

何かを乗り越え、逞しくなった僕らの

過去から未来に向かって
大きな虹が架かっている

20

~親子の蛙~

「虹だね」
「蛇が天に昇っていくんだよ」
「回ってるみたいだね」
「世界が回ってるんだよ、ぐるぐるぐると、念仏唱えるんだね」
「念仏」
「そうだよ、それが蛇祭りさ」

ユリシスは蛙沼を後にしました。

「おれは風の匂いが好きさ
雨が上がったあと後おれは風とともに去っていく
昔、片足失ったが俺にはそれでちょうどいい
弱みが出来たらからこそ考える
不安だからこそ準備する
まあ、いろいろあるが、人生それなりに楽しいぜ
1000万円持って旅は出来ないからな
酒の残りを徳利に入れて旅の供にさせてもらうぜ
じゃあな」

21

沼には再び平和がやってきました。
ユリシスの言い残した言葉を蛙たちは書き留ました

「なるほど、弱みが強みね
弱いからこそ努力する
弱いからこそ協力する
そういうことだな」

※蛇祭り音頭(エンディング)~同じ旋律で歌詞が適当に変わる?

ああ、ハレそれ
ハレそれそれ

ヤーレンヤートセー
ソーヤートセー
ホイマタヤートセー
ソーヤートセー

夢のお告げがあったそなー
それまた夢であったそなー

ハレヤレ
蛇が大蛇を退治したー
これはまことであったそなー
・・・

ハレヤレ




作曲:   20