戻り橋(原典)

壱の段


●混声合唱1(客観的に全体についての感想や評価を延べるコロス)

森羅万象(しんらまんぞう)
時は巡り宇宙をなす
季節は川瀬の水車
さりとて同じ形をとどめず
転じつつ無限に繰り返すものなり
月の満ち欠け、潮の満ち引き、日の出入り
全て悠久(はるか)の時の中
紛(まが)いつつ、惑(まど)いつつ


―子どもたち (子どもら、それぞれに歌いながら遊んでいる)

●児童合唱1(創作わらべうた1)
<ほおずきはぜて>

鬼灯(ほおずき)爆(は)ぜて
流れ星
行方も知れぬ
川の水

蛍追々(おいおい)
宵川原(よいがわら)
提灯(ちょうちん)ともして
戻り橋

夢に閉じるは
蝶の羽
夜明けに開くは
蓮の花

雨がやんだら蝉の声
日差し傾げば鈴の音
葦(よし)ず畳んで旅支度


○語り1(物語を具体的に進行させる役割、語り)
古き世、
数々の御霊宿しし橋ありて、名を戻り橋と言う
初夏の夕暮れ時、激しき雷雨の後に死者が帰り来たる伝説あり
童(わらし)一人
幼少に父を失い、母一人に育てらるるも 母、病を得て死す
願いは一つ、母に会うことなり
鬼灯(ほおずき)持ちて
初夏の頃


―子どもたち
(遊びながらしゃべっている)

△子どもたち
1「ねえ、知っておられる?
雷のあとに戻り橋に鬼が出るらしきこと」
2「聞いたことあるぞ、愛宕山に連れゆかれると」
3「ほんに恐ろしい」
4「鬼はいかなる形相か?」
5「赤銅色の肌に、大きな目で睨むらしい」
6「でも怖がらずに、ほおずき笛鳴らせば良い」
7「鬼は、機嫌がよくなって帰り、願いが叶うらしい」
8「怖かあないよ」
9「ただ一つの願いごとがある」
?「ほおずき持っておられよ」

―少女が少年に鬼封じの鬼灯を手渡す

○語り2
行く川の流れ変わらず
流れに掉さす船頭の声
黒南風去り、初夏の夕暮れにて
橋のたもとに
にわかに雷雲立ち込める
※打楽器等


―子どもたち
(雨が降り出したので、少年ら歌いながら帰るも一人だけが橋のたもとに残る)
「…ほおずきはぜて」の声遠ざかり消えていく

○語り3
雷鳴轟き、
遊びたる童ら、走り帰りたるも、
太郎一人残りて一心に祈る
橋の半ば
雷雲の狭間より、赤銅の肌持ちたる鬼が現れ、睨みて言う

―少年
(一心に祈っている)
―鬼
(橋の半ばに鬼が現れる)
△鬼
「待て、童怖くないか、何を祈る?」
△少年
「怖くはない。願いかなうと聞きしが、母に会いたし」
△鬼
「ならぬ。会ってはならぬ
母は死者なれば、三途の川を越え、今は修験の旅、死生は川が分かつなり。世の秩序のため。天地の法則に従え」
△少年
「ひとめで良い、私の元気な姿を見せたし」
△鬼
「ならぬ」
△少年
「ほおずき笛を聞きて、我が願いを受け止めよ」
(少年がほおずきを吹く、鬼が退散)

※笛の音(メロディー)

●アルトソロ1(母の歌、語りやレスタチーボ風)

我が子、我が子よ、
甘にがき鬼灯(ほおずき)の薫り立ち上(のぼ)り、
不可思議な笛の音のうちに吾を呼ぶ声あり
そなたか?
我が子よ
御年いくつになったのか
この世は眩しうて、私の目はとうから利かず


―母
(橋の向こうから、ゆっくりと母登場)
―少年
(立ち上がり、母に対面)

△少年
「母よ、私はこちらに、10歳になります」
△母
「我が子よ、立派な姿におなりに
親なき子となり 辛くはないか」
△少年
「辛いことなどありましょうか?
日の光あり、花咲きて水は流れ、夜には星に見守られます」
△母
「恨まず、嘆かず、尊く生きなさい。私は安心し、修験の旅を続けましょう。
もう二度とあなたのもとには現れますまい」

―母
(母は子を抱きしめ髪を撫でる)
△母
「汝が髪の柔らかきこと」

○語り4
嵐収まりたる黄昏(他そ彼れ)どき。
靄の中から、母は蘇り、太郎抱き寄せる。
橋は死者を蘇らせ、その中腹にて、息子と抱擁し、また去りゆく。
闇とも黄泉とも言うべき彼岸の世界へ


―母
(母は橋の向こうに帰っていく)
―少年たち
(遠景にて遊びうた、太郎はその輪の中に帰っていく)


●児童合唱2(わらべうた)
<えべっさん>

えーべっさん
えーべっさん
えべっさんはどこじゃ?
海の上
船漕いだ

えーべっさん
えーべっさん
えべっさんは何しとる?
網投げた
鯛釣った

えーべっさん
えーべっさん
えべっさんはだれじゃ?
わしじゃ
笑(わろ)ていた

―少年たち
(少年たちも去って行く、橋の中腹には鬼灯が残る)


念仏唱えて踊りなば
三途の鬼も惑うなり
経帷子も花と舞い
夢や現世(うつせ)の水鏡


―遠方より子どもたちの声が聞こえてくる(弐の段へと渡す)



弐の段


○三味線と語り5
鬼とは何者ぞ、死者と生者の橋渡しなり、はかなき夢の後先



参の段


●混声合唱2(客観的に全体についての感想や評価を延べるコロス)

さくら、さくら
静かに落つる、おん生命(いのち)
木の根に深く葬れば、白き花びら輝きぬ
さくら、さくら
静かに煙る、夢の縁(へり)
薄墨桜の木のもとに、蘇(もど)る御霊(みたま)のあると聞く
かわたれ(彼は誰れ)どきの川の辺(へ)に、
永遠(とわ)の花びら舞う如く



○語り6
時は戦国
息子を戦地へ送る母ありて
桜散る季節に、戻り橋のたもと息子を送り出すなり
涙がせせらぎへと消える頃、息子太郎は出征す
潔(いさぎよ)き声を高らかに響かせつつ



―太郎
(橋のたもとに立つ息子)
―母
(息子を見送る母)

△息子
「母上、私は参りまする
私はもう戻ってこられまいと思いまする」
△母
「戻ってきておくれ
そのためにあなたには「戻り橋」の名称のあるこの橋を渡らせた」
△息子
「本心はさにあらず、しかし私は、潔く死んでまいると言わねばならぬ
ただしかし、お待ちくだされますよう。どうぞお元気で、私の後をおったりなさらず、弔いの灯りを炊いてください」
△母
「生きて帰れ、何より。たとえ多くの傷を得ようとて」


●混声合唱3(コロス)

ああ、歴史の中に人あるか
人の中に歴史(とき)あるか
世に戦(いくさ)の勝者なく
ながれし涙の行く末の
水面(みなも)に煙りし春霞

戦終われば花咲きて
物語のみ残りしが
失(な)くせしものを追い求め
差し出す手こそ哀れなり


○語り6
戦やみて、
母は気もそぞろに橋の袂へ太郎を迎えに
しかしながら太郎戻らず月日のみが経つ
母の髪はいつしか白髪となり、額の皺ぞ増え
母、いつしか耳遠くなり、目盲いたり



―母
(来る日も来る日も橋のたもとに太郎を迎えにいく母)

△母
私はもう耳も遠く目も霞む
いっそう、鬼に命を売り渡してでも息子に会いたし
 安寿、厨子王を呼ぶ母にも似たり
(橋のたもとに膝をついたままの母)


○語り7
狂い咲きたる桜
怪しき月光に映えたるかわたれ時
風なきなか、散りたる桜吹雪の中、橋の向こうより
おぼろげな輪郭とともに、太郎現る。
おぼつかぬ足取りにて



―青年
(橋の向こうから青年が現れる)

△母
「太郎や、太郎か?」
(母は駆け寄る、青年はあの日の姿のまま、手を取り抱きしめる)
△青年
「母上、戻りました、いまひとたびのみ」
△母
「太郎や無事だったのか」
△青年
「いいえ、母上、私は亡霊
母上、あなたは命と引き換えに私の幻を求めました
この桜の花の散るころ
あなたの命はなくなります」

●アルトソロ2(母の歌)

そなたのいない世となりて
命長らえる理由(わけ)などあろうか
歴史のことなど私には無用
たとえ戦中(せんちゅう)の泡沫(うたかた)となろうが
このように再会(あえ)たことで私は報われた
そなたの好きな野花(のばな)を摘んで
愛(いと)しく抱きしめることのみが私の望みでした

(青年は去っていき、母は空気を抱きしめ歌う)

 ※笛の音


●児童合唱1(創作わらべ歌1を母が歌い始め舞台袖の児童合唱が引き継ぐ)

鬼灯(ほおずき)爆(は)ぜて
流れ星
行方も知れぬ
川の水(ここまで母=アルトが歌う)

蛍追々(おいおい)
宵川原(よいがわら)
提灯(ちょうちん)ともして
戻り橋

夢に閉じるは
蝶の羽
夜明けに開くは
蓮の花
(桜の花びら散る中、橋の半ばで呆けた母が膝まづいて歌っている)
雨がやんだら春霞
桜吹雪に笛の音
若葉仰ぎて旅支度
(歌は混声合唱にも引き継がれる、桜の花びら散る中、母が去っていく)

○語り8
哀れかな、悲しきかな
かわたれ時の月明かりに映える桜の怪しき美しさ
母の声は夜ごと三晩続き、満開の桜の散る満月に見守られながら途切れり
しかし、その後暫く
満開の桜の夜明けには 女の声響いたという伝説あり
戻り橋のたもとなり



※拍子木にて、終了の合図



作曲:増田真結  2018