猫町物語

1.屋根の上の物語(タマ)

路地裏もいいもんさ
何しろ自由がある
晴れた日には昼寝をするのさ
太陽の影探しながらね

雨なら雨でも良い
打楽器の音聞きながら
やっぱりぐっすり眠るのさ
雨宿り出来る軒探してね

屋根に上がったことあるかい?
バルコニーじゃないよ
屋根から見る景色は最高さ
夕焼け
星空
白い雲
何でも手が届く気がするよ
あくびをして飛び降りりゃ
今度は狭い隙間に潜るのさ
縁(えん)の下のね

嘘のような黄色い月が傾けば
僕らはいつも夢の中なのさ

路地裏
細道
屋根の上
僕らは自由を吸い込みながら生きている

「何をのんびり歌ってるんだ」
「その路地裏がなくなろうとしているんだよ」
「魚屋も駄菓子屋もなくなって高層マンションになるらしい」
「ついにこの商店街全体も区画整理されるらしい」
「きれいになっていいじゃない」
「わしらの住むところがなくなるってことだよ」
「まあダメなら引っ越しすりゃいいじゃん」
「どこもかしこも、野良猫には住みにくい世の中だよ」
「それどころか、野良猫駆除計画なるものまであるんだよ」
「えーーー!」
「許せん、人間ども」
「まあまあ、落ち着こう」
「あら、世間は猫ブーム、飼い猫にでもなれば」
「そんな簡単にいくものか」
「そうさ、人間に好まれるのは可愛い猫か愛嬌ある奴だけなんだよ」
「何とかこのままにして欲しい。わしが死ぬまでは、あとのことはしらんが」

あらあら、賑やかなことですね。
ここはたくさんの猫が暮らしている猫町。どの町もきれいになり過ぎて猫には住みにくくなってしまいましたが、ここは小さいながら、昔からの商店街もあって住処を追われた野良猫たちも居心地良いダウンタウンなのです。野良猫たちは時折集まっては、集会「猫耳会議」を開いていました。たいていは、どこの魚屋のゴミがあさりやすいだとか、どこの路地には思わぬごちそうが落ちていることが多いとか、どこの家の飼い猫と仲良くなっただとか、そんな話でしたが、このところはこのダウンタウンそのものの再整備と野良猫駆除に関する情報を仕入れた者がおり、その話題で持ち切りなのでした。

どうして人間の話すことが分かるって?
知らなかったですか?
猫は、人間の言葉が分かるのです。分からないふりをしているだけなんですって。うっかりしたこと言ってたら、実は全部聞かれてるのですよね。

「お前が魚泥棒ばかりしてきたから、商売成り立たなくなったんだろう?」
「そりゃ関係ないだろ、商店街も儲からないのさ」
「少子化だよ少子化」
「月末、わしらのように会議があるらしい」
「偉い人たちに取り入ってやめさせないとな」
「人間たちに総攻撃というのはどうだ」
「いやあ、人間に養ってもらうに限るって」

そんな適当で無責任な発言が交わされる中、若い三毛猫であるミーチェは悩みながら声を上げるのです。

「我々は果たして人間に媚びを打って生きていくだけで良いのかなあ?何か策を案じないと」

ミーチェに明確な答えはなかったのですが、何だか他力本願な感じがしたのでした。そして、そもそもこの怠惰な日常に抗うかのように、漠然とした悩みとちょっとした使命感がミーチェを支配していたのでした。

「だってどうするんだよ」
「お前は人間か」
「悩むのは人間だけでいいんだよ。わしらは今日のご飯のことだけ考えてたらいいんだ」

そうかもしれないし、そうじゃない気もする…、とミーチェ思いました。
ミーチェは会議を離れ、一人で路地裏を歩き周りました。

2.何かを探して(ミーチェの気持ち)

猫だって
何かを目指したいときがある
それは魚なんかじゃなくって
それは猫じゃらしじゃなくって
いつか越えたい水平線さ

僕は見たんだよ
海ってものを
夕日が沈む水平線を
心がどきどきして
動けなかったんだ
そこには夢があり
そこには希望があった
でもどうやって越えるのか分からないんだよね

猫だって
何かに挑みたいことがある
それはネズミなんかじゃなくって
それは弾むボールじゃなくって
いつか越えたい虹の橋さ

僕は知っているのさ
雨上がりに掛る虹を
心が震えて
跳ねあがりたくなったんだ
そこには歌があり
語りたくなる物語があった
でもどうやって表現して良いのか分からないんだよね

翼作った人がいると聞いた
千夜の物語を歌った人がいると聞いた
僕は何を探しているだろう

海を渡った人がいると聞いた
天に届く塔を建てた人がいると聞いた
僕はどこに向かって歩こう

長ひげの長老猫:ドラ爺さん
「皆のもの、誇りを持たにゃならん。
そもそも猫たるものの歴史は古いのだ。
古くともただ存在しているだけならば、そこらの動物と変わらんが、猫は人間の文化と密接な関わりを持っておる。
 犬族は狩りや戦に連れて行かれたが、猫族は農耕とともにいる。つまり文化の発祥に寄り添っておる。歴史的にはエジプト時代に遡り人間の愛玩動物になっているようなのだぞ。
猫に纏わる伝説も神話も、ことわざも、文学も、絵画も、歌も、ライバル犬を凌駕するくらいにあるのじゃ、
ましてや、他のけだものとはわけが違う
ペルシャ猫にシャム猫
 猫なで声、猫をかぶる、借りてきた猫
化け猫、なめ猫、招き猫
吾輩は猫である
猫をかんぶくろに閉じ込めて、
お魚咥えたどら猫
そして、そして『ドラえもん』のモデルでもある」

「長ひげのドラ爺さん。蘊蓄はどうでもいいんだよ。僕らの居場所がなくなるかもしれないんだ」
「野良猫にも権利があるというもんだ」
「わしらは森で生きる野生動物じゃあないんでねえ」
「区画整理と合わせて駆除されるという噂もあるんだ、それだけはごめんだよ」

猫たちは口々に言いたいことを言いますが、こんな事態に直面したことがなかったので、会議にも何にもなりません。もともと群れなす動物でもなく、犬のような従順さんもありませんのでね。

ミーチェは街を歩いて、屋根から屋根へと飛び移っているうちに、大きなベランダで日向ぼっこしている愛らしい黒猫のノアと出会います

3.にゃあ~ネコの言葉でこんにちは

にゃあ
みー
みゃう
にゃんにゃん
みうみう


猫の言葉で「こんにちは」
毛並みや色が違っても
なんとなく通じる
何故なら僕らは猫だから

人間だって
いろんな恰好しているけれど
挨拶してみりゃなんてことはない
みんな同じ人でしょ

猫だって
いろんな髭があるけれど
いろんな尻尾があるけれど
猫であるには変わらない
さあ、元気に挨拶してみよう

みーみー、にゃあ、キャッ、
にゃあにゃあにゃにゃ
にゃあにゃあにゃにゃ


猫の言葉で「こんにちは」
住んでるところが違っても
なんとなく通じる
何故なら私たちは猫だから

人だって
いろんな言葉で話すけど
目と目を見つめりゃなんてことはない
みんな同じ人でしょ

猫だって
いろんな鳴き方するけれど
いろんな耳があるけれど
猫であるには変わらない
さあ、元気に挨拶してみよう

にゃあ
にゃあ
にゃんににゃん にゃにゃんにゃー

ノアはちょっと裕福な家で飼われている飼い猫でした。家族の皆から大そう可愛がられていましたので、きれい好きなお洒落さんで、毎日起きたいときに起きて、眠りたいときに眠り、お腹がすいたら壁を軽く引っかいたり、甘えた声を出すという生活に慣れていました。

「君、見慣れない黒猫だねえ」
「あなたも見慣れないわねえ」
「僕はこの界隈の猫のことはたいてい知っているけど」
「私は家から出たことがないからね、ノアって言うのよろしくね」

ノアが挨拶するので、ミーチェもベランダに飛び移りました。

「あなた、おなか空いてるの?うちのキャットフード食べる?」
「人に食べさせてもらうのは、ノラ猫のプライドが許さないねえ」
「あなた、変なこと言うわね」
「野良猫にも流儀ってものがあるのさ」
「与えられたのか、見つけたかの違いでしかないんじゃない。私たちが、自分で畑を耕してるわけじゃなし」
「そりゃそうなんだが」
「あなた、なんだか難しい猫ねえ、人間の近くにいるのは楽ちんよ」
「人間のお世話になって生きていきたくないんだよなあ」
「あら、そんなことを言っても一人で生きていくのは無理でしょう」

意見はかみ合わないのですが、二人はそれからしばらくしてときどき語り合う仲になりました。

「良い天気で良かった、今日は娘さんの誕生日」
「何だい?そりゃ」
「人間は生まれた日をお祝いするのよ、家族でご馳走食べるの」
「ご馳走食べる理由をたくさん付けてるってことだな、僕だって満月の夜は」
「あなたもケーキ食べてる?」
「だから要らないって」

もっともミーチェは人間に手なずけられることに納得がいかず、ノアがもらったものを食べようとはしませんでした。ノアはそのことについては全く理解が出来ませんでしたが、まあ、考えや立場の違う者同士興味を持ったということでしょうか。
二人はときどき会って話し合うようになりました。
ミーチェは思い悩む心の内を明かし、ノアが簡潔に応える、ノアの知らない外の出来事をミーチェが伝える…、そんな感じでしょうか。

「あなたは正義感が強いってことね」
「正義かどうかは分からないけど」
「夢を持っているというのかしらね」
「ああ、そうかも知れない」

二人は夢を語り合いました。

○夢とは何?(ミーチェとノアの会話)

ねえ、夢って一体何だろう
君の夢は何
そう聞かれたら君はなんと答えるのかな
夢のことを語りかけてみよう
夢について語り合ってみないか?
語り合ううちに
きっと小さな道が出来るから

ねえ、夢って一体何だろう
ふわふわしていて
消えてしまうようで
しっかり残っているような
夢について語り合ってみませんか
語ることによって
きっと小さな扉が開くから

僕には繰り返し見る夢があるんだ
形には出来ないけれど
言葉にも出来ないけれど
海を越えていく夢
空を飛んでる夢
眠ってないのに夢を見て
そのちょうしで屋根から落ちたのさ

私にも繰り返し見る夢があるのよ
物語には出来ないけど
絵に描くことも出来ないけれど
たくさんの瞳に囲まれてる夢
たくさんの手に守られてる夢

眠ってないのに夢を見て
そのままうっとり眠ってしまったのよ

「あなたきれいな目をしているのね、よく見ると」
「野良猫だって、水平線を見つめているからね」
「冒険がしたいってことね、それは分からなくはないけれど」
「そうかもしれない」
「でも、思いつめないでね」
「ああ、ただ、野良猫駆除計画だけは阻止しないとねえ」
「それは協力する。でも、何しろ私ってベランダから鳥を見て夢を描くくらいのことしか出来ない猫だから、もちろん鳥なんて獲らないわよ、ましてやネズミを捕るなんて考えただけでぞっとする」
「僕は人間の言いなりになってしまうことに対して納得がいかないのさ。猫には猫のプライドがある」
「まあ、良い言い方ね。人間だって良い人はいて、やさしくしてくれるだけよ。鎖で自由が奪われるわけじゃない」
「それが快適な生活が良いと思う猫もいていい。でも、僕は夢と冒険を求めてるのかな」

飼い猫と野良猫、猫は猫でも立場が違えば微妙に考え方も違うのですよね。そもそも猫は野生の中にはおらず、人間の生活圏の中にいますよね。

猫はきれい好き
猫は気まぐれに見えて、計算高い
犬は忠義に厚いが猫は恩を忘れる
猫はコタツで丸くなる
猫はネズミを捕る
猫は魚が好き
肉球、爪、尻尾
猫の目のように

いろんなことが言われますね
猫が人間のそばで生きてきたことは間違いありません。

ミーチェが思案に暮れて街をさまよっていると、文房具屋の軒下、古い赤電話の代わりにどっかと座っている大きな三毛猫に出会いました。看板猫の「キバ」でした。飼い猫ではありましたが、ミーチェにとっては頼りがいのある兄貴分なのでした。

4.招き猫だよ

いらっしゃい、いらっしゃい
おいらは招き猫
おいらにさわると良いことあるよ
おいらを拝むと良いことあるよ

右手を上げて商売繁盛
左手上げて千客万来
両手あげればお手上げだけど
片手あげれば招福開運間違いなし

野良猫、飼い猫、招き猫
付かず離れず良い感じ

猫にもいろいろいるけれど
猫はいい奴、役に立つ
魔除け厄除け
幸運の道が続いて行くよ

いらっしゃい、いらっしゃい
猫が片手をあげた時
付いてってごらんよ猫の尻尾に
猫の尻尾は幸運の証さ

ネズミ退治にゃひと役買うぜ
光る瞳でパトロール
番犬のように吠えないけれど
湯たんぽ代わりも務まるよ

野良猫、飼い猫、招き猫
付かず離れず良い感じ

顔洗うのは苦手だけど
猫は良い奴、役に立つ
魔除け厄除け
小判の一つも降ってくる

いらっしゃい、いらっしゃい

ミーチェはキバにも迫りくる危機と現状を説明しました。

「そうなのかい、人間は猫は好きなはずだけどねえ、俺はプライドを持って看板猫をやってるんだ。でも拾われる前は野良猫やってたからな、お前らの気持ちもよく分かるぜ」
「この商店街がなくなるのは寂しいでしょう、そしてそうなると飼い猫はともかく野良猫は住めなくなるんだよ。駆除計画まであって」
「そもそも自動扉の店だけになりゃ、俺の役割だって終わりだな」
「そうでしょう、猫がたくさんいることがこの町の良さでもあるのに」
「この文房具屋の存続も怪しいな」
「そうだよ」
「ミーチェ、飼い猫の中にゃ、野良猫のことを毛嫌いする鼻つまみもいるが、俺はそんなことないぜ、飼い犬と違って、意外と自由だろ。だからお前も野良猫だけに拘るな。この街の猫を守りたい気持ちは俺も一緒だから、頑張ってくれよ、応援はするぜ」

看板招き猫のキバはそう言って、ミーチェを励ましました。

何か決定的な方法を探して走り回るミーチェでしたが、ときどきノアを訪れては、現状報告をしてました。

「なかなか難しい限り、君は相変わらずのんびりしてて良いねえ」
「みんな身だしなみよくして飼い猫になれば良いのに」
「何言ってんだい、そいつは願い下げなんだよ」
「可愛く振舞えば駆除なんかされないんだから」
「相変わらず、君は分かっちゃないなあ、野良猫には野良猫の良さがあり、世間には難しい問題が満載さ」

ノアは奔走するミーチェを見ながら歌います。

5.鳥になりたい(ノアは歌う)

(私が)
もしも鳥になれるのなら
気持良い五月の空を飛んでみたい
日向ぼっこだけじゃなく
翼開いて
風に乗って
そして
私なら
あの白い雲を食べてみるのに
ふわふわっと美味しそうな形してるでしょ

(私が)
もしも鳥になれるのなら
ポプラの木のてっぺんで歌ってみたい
聞いてるだけじゃなくって
実をついばみ
枝を移りながら
そして
私なら
誰よりもきれいな声で歌うのに
小川のせせらぎの透明な水を飲んで

鳥になってみたいな
自由に空を飛んでみたいな

鳥になってみたいな
嘴で赤い実をついばんでみたいな

私の夢はそれだけなのに

区画整理がされて野良猫が処分されるという話が広がると、逃げ出していく猫、おろおろする猫、メラメラと闘志を燃やす猫、議論を重ねる猫、に分かれました。猫耳会議は月灯りの夜に連日繰り広げられていました。

「この月が十日の月になった頃、人間の会議があるらしい」
「人間にも反対派はいるでしょう」
「何でも少数派らしいからな」
「人間ども、噛んでやる」
「おだやかでないなあ、共存の方法はないのかねえ」
「残念ながら、この猫町もここまでと言うことじゃ、新しい天地を探して旅に出よう」

いろんな猫がいたのですが、種類もさまざな上にもともと群れ成して行動する動物ではないことからも、猫たちの行動は統一されることなく、時間だけが過ぎていきました。

ミーチェは昔ふと耳にした話を思い出しました。長老のドラ爺さんが、昔となり街に住む赤毛の「かおる婆さん」の話をしていたのです。かおる婆さんというのは、この界隈では一番の長生き、そして、俗に言う「化け猫」だということでした。「化け猫」に相談に行くというのも変なものですが、ひょっとしたら何らかの突破口になるかもしれないと思ったのでした。
「それはありかもしれんな、猫という生き物の最後の底力というもんだ。あの婆さん商店街の菓子屋のドラ焼きが好きだから、菓子屋がつぶれるってことにしよう」

と、ドラ爺さんも言うので、ミーチェは隣街のかおる婆さんに会いに行きました。

かおる婆さんは、今では一人暮らしのあんず婆さんの飼い猫でしたが、自由気ままに暮らしていました。かおるという人間のような名前がついているのは、野良猫として出入りしていた頃に、一家の娘さんが亡くなり、その後に飼われた猫だったので、娘さんの名前がそのままついたのです。

「なに?、私が化け猫だって?、お前は何者かね、ああドラ爺さんの紹介かね。まあ当たらずとも遠からず、ただ、わたしはもう余生のつもりだったのでね。そんな力が残っているのかどうか知らんが」
「魔力か妖力か分かりませんが、具体的には何かに化けられるってことですか?」
「さあねえ、長く生き過ぎて忘れっちまったが。そんな力あるのかねえ」
「どんなものに化けたの?、化けれるの」
「くどくど聞くんじゃないよ、まあ気まぐれに飼い主のあんず婆さんに化けて留守番をするとかね」
「猫にはそんな力があるの?」
「がっついて聞くねえ。人間の情念のようなものが乗り移り易いということもあるのだろうかねえ。確かに長生きした者の中には「猫また」と言って妖力を持つことが出来る猫になる者が現れる。もちろんすべての年寄りが力を持つ訳ではないんだよ。私は若い時から妖力の一つや二つ持っておる。」
「野良猫駆除計画まであるんだよ。このピンチを乗り切れないものかなあと思って」
「まあ、猫は勝手なもんだから、わたしさえよければ他のことにかまっちゃいられない」
「そう言わずに、そういえばかおる婆さんも昔は野良猫だったって話じゃない」
「ああ、そうだったが、わたしゃ人間に恨みも何もない」
「ああ、そうそう一人暮らしのあんず婆さん、近くに商店街があるほうが便利じゃないか?」
「いや、コンビニのほうが便利じゃ」
「そんなことないよ、区画整理になったら、きっと大好きなどら焼き売ってる菓子屋も立ち行かなくなるよ」
「ほう、わたしのツボをついてくるねえ、確かにそりゃ困ると言えば困るが…」
「工事の車とかなんとか一杯入ってきて煩くなるんだよ」

ミーチェがそう言うと、かおる婆さんは少し考え直し、ぼんやりとしました。
実は、かおるという娘さんは中学生のときに工事の車にはねられて亡くなったことを思い出しました。かおる婆さんは、近所を出入りしていた野良猫でしたが、若い頃のあんずさんの悲しみと嘆きを見かねて、ある日、縁側に座るあんずさんの膝に飛び乗り、飼い猫になってあげたのでした。

そんなことを思い出したかおる婆さんにとって、穏やかな余生を過ごすためにもそもそも周囲が煩くなるということは無視できず、菓子屋の件とあいまって、ここはミーチェに力を貸しても良いかと思い始めました。

「まあ、そうなると話は別かな、私も静かな環境が好きでね。公共の福祉にも猫の福祉にも関心はないが、菓子屋とあんず婆さんのためだけに、お前に力を貸してやっても良いかもしれん」

そう言いました。

「どんな妖術使ってもらおう、催眠術とか?」
「わたしゃ直接動くのが面倒だ。簡単な方法がある。お前が化けて人間になりすまし。その区画整理計画とやらをぶっつぶすんだよ。無血開城だな。猫はチームにはなりにくいからな、一人でやるんだよ」
「しかし、僕は人間に化けられないけど」

かおる婆さんは自分の尻尾の毛を一本引っこ抜くとミーチェの頭に乗せました。するとミーチェはたちまち人の姿に変ったのです。そんなことは朝飯前とばかりに。

「へえ、これが人間か、しかしこれでばれないかなあ」
「何言っとるんだ、化けるのは技術じゃない、気合だ。恨みとか、怨念とかもその類だろうが、信念を持って言えば丸いものも四角くなるんじゃ、気合を入れて化けるんじゃ」
「へえ、化けるって面白そうだなあ」
「そうさ、気合だよ、誰だって演技はするものじゃ」
「気合かあ、何だかファイトが沸いてきたなあ、一つ人間たちを化かしてみるか」
「よーし、その乗りで、会議に乗り込むんじゃ」

6.誰でも少しは化けている~化け猫ロック

猫は化けるって言うけれど
化ける動物はうんといる
狐に狸に狼に

人間だって化けるじゃないか
誰でも少しは化けている
お化粧ひとつで別人に
髪型ひとつで若者に

猫かぶってるのは誰?
猫をかぶれば悟られない

騙してるんじゃないんだよ
お洒落
マナー
協調性
アイデア
工夫
心理戦

大事なものを守るとき
誰でも芝居は打つでしょう
一世一代の大舞台

たまには化けるのも良いことだ
誰でも少しは化けている
世界はちょっと複雑になる
世界はきっと楽しくなる

でも、気合を込めて
心の底から化けるんだよ

ミーチェは、猫耳会議と長老のドラ爺さんに報告すると、野良猫全員に励まされ、この猫タウンについての重要決議をする町内会議に出かけることになったのです。そして、その会議の日、野良猫たちは心配と興味から、ミーチェとともに会議場となる集会場のそばに集まってきておりました。

ミーチェが登場すると、「見かけん若者だなあ」と思うものも居ましたが、かおる婆さんに指示されたとおり愛想よく話しかけました。気合を入れて会話をしましたので、誰も疑うものはおりませんでした。
会議にはこの商店街を含めた町をそのまま温存したいという者もおりましたが、少数派でしたし、会議はそんなに簡単なものではありませんでした。ミーチェは意見は言ってみるもののなかなか上手く交渉出来ません。

「猫はブームでもあり、猫タウンとして売り出せば観光客が」

と言っても、少し賛同はあったものの、ただちに反論が返ってきました

「衛生問題はどう考えるのかね」
「経済的発展は」
「人口問題は」
「老朽化対策の費用をどう工面する」

もろもろの話題が出てくると、自分が思いもしなかったような悩みや苦労が展開され、ミーチェは戸惑ってしまったのです。人間もなかなか悩み苦しみながら試行錯誤しているのですねえ。
ああ、もう少し勉強してから望むんだったと、ミーチェは思ったのですが、上手く議論に持ち込めず、ちょっと困ってしまっていました。

「いや、でもこの街にはこのままの良さが」
と言っても
「そら、みんなこの街は好きだよ」
と言われるだけでした

ミーチェは「どうしたものか、困ったなあ」と思いながら、野良猫の仲間やかおる婆さんが見ているはずの天井を眺めたりしていました。

天井裏から見守っていたかおる婆さんはこの状況を溜息をつきながら見ていたのですが、とうとう見かねて、奥の手を出しました。そこらにいた野良猫を次から次に人間に変えて会議に送り込みました。反対派を増やす作戦に出たのです。集会場には次から次ぎへと町では見慣れない人間が入って来て、「わしは町の区画整理には反対じゃ」、とか「猫の駆除反対」と大声を上げたのですが、事前の打ち合わせ不十分のため、また、ミーチェ以外の野良猫達が、上手く演技出来ずに会議自体ががやがやしだしました。

○会議は踊る

あれがこれで
これがあれで
だからあれで
つまりこれで

混乱してきてわからない
誰が敵で
誰が味方で
味方であってもけしからん
敵であってもあっぱれだ

あーだこーだ
こーだあーだ

黙れ
聞け
さっき言ったろうが
言葉足らずは命取り
言葉多いは命取り
うそも方便
居眠りするのも票のうち
会議は踊る
そして何も決まりはしないのさ

その時、誰かが叫びました。

「町の住人がないやつらが入って来てるぞ」
「反対派の人がどこかからかき集めたな、騙されるな」

ミーチェがもはやここまでと思ったとき、かおる婆さんはさらなる奥の手を使いました。天井から灰を撒いたのです。それは、秘かに蓄えていたマタタビに呪文を唱えて煎じた特別な灰でした。そう、みんなが「いろんなことを忘れ、懐かしい気分になり、まあ、いいか」と思える灰だったのです。

かおる婆さんの渾身のひと振りで、魔法の灰をばら撒くと、一瞬その場の時間がとまりました。

そしてその後再開された議論は突然緩くなりだしたのでした。張り詰めたものが薄れ、全体には

「いやあ、古い町並みもまあ良いもんだよねえ」
「大型量販店は味気ないなあ」とか
「幼い頃は、商店街はかくれんぼや鬼ごっこには格好の場所だったなあ」

とか、昔話が溢れ出し、「まあ、当面このままで良いか」という雰囲気が立ち込めてきたのです。会議にある一つのパターンですね。ひょっとしたら猫に騙されてるのかもしれませんね。議論は、1時間ぐらいのんびりゆったりと進んだあと、突然結論に至り、誰一人文句を言うものが現れませんでした。
つまり、かおる婆さんの活躍で、あっさり区画整理の話も野良猫の駆除も立ち消えたのでした。

「まあ、なんでもマネをするばかりではなく、アイデアを絞ろうじゃないか」
「慌てなくてもいいか」
「折しも猫ブーム、街に野良猫がいたって良いじゃないか」
「まあ、がたがたくどくど言わずに、ゆっくり考えて行こうや」

やがて、会議が平和に閉じ、みんな催眠術にかかったようにハッピーな気持ちのまま帰っていきました。
急に人間に化けさせられた猫たちもいつの間にか本来の姿に戻り、ミーチェと頷き合いました。

かおる婆さんはふと溜息をつきました。
そして遠い記憶を想い起しました。
まだ野良猫だった頃、自分の名前のもとになったかおるちゃんが、まだ幼かった自分を撫でてくれたことでした。その手のことを思い出しました。かおるちゃんが亡くなったあと、お母さんの埋めようのない悲しい気持ちに寄り添い、少しでもその慰めになればと想い、飼い猫になったのでした。猫は人間の膝が好き、人間は膝で眠る猫が好き。人間と猫は良い具合に触れあっていければ良いなと思いました。

7. 見つけた場所

やっと見つけた場所がある
長い間夢見ていた場所
誰にも渡したくない場所がある
それは
誰かの膝の上かもしれない

幼い頃
お父さんの膝に乗せられて
縁側から一番星を見ていたっけ

「お前が大きくなったらね」
と語る父さんの声が忘れられないよ

幼い頃
お母さんの膝に乗せられて
薬を塗ってもらったっけ

心配されて怒られて
「はい、もう痛くない」
お母さんの顔が忘れられないよ

膝の上
おじいさんの膝の上
おばあさんの膝の上
恋人同士の膝の上

温かくて安心するのは何故だろう
眠たくなるのはどうしてだろう

今では猫が膝の上
猫はいつでも膝の上

帰っておいで
帰ってきたんだね
膝の上は温かいでしょ
私はいつでも夢の中
僕らはいつしか夢の中
思い出に包まれて
ぐっすり眠っているんだよ

野良猫たちの楽園である路地裏は残ることになったのでした。かおる婆さんはあんず婆さんの膝に帰っていきました。

「かおる婆さんありがとう」
「まあ、わしゃ、あんず婆さんのひざで死にたいからね、まあそれまで持てば良いと思ったまでで、誰も助けちゃいないよ」
「ミーチェの情熱がさせたのね、まあ演技力は今いちだったけど」

ノアがベランダから声を掛けました。

ついでに化け猫のかおる婆さんが、ある週末に、あたりの猫を猫の写真を撮りに来たたくさんの人に変えてみました。そして、それが呼び水になって、猫好きの観光客が増えだしました。
そして、長老の号令のもとに、野良猫たちも身だしなみよく、写真を撮る人間に対しては少しチャーミングなスマイルサービスするようになったのです。それがますます人気に拍車をかけるかたちとなって、商店街にも少しずつ人が集まり、この街は気ままでチャーミングな野良猫のたくさんいる街、猫耳タウンと呼ばれるようになりました。

8.ここは楽しいネコの町

町に猫がたくさんいたら
それは良いまち猫耳タウン
猫いっぱい
勝手気ままに暮らしてる

丸くなる猫
招き猫
鳥の鳴きまねする猫
鉄道を見送る猫
屋根から屋根に飛び移る猫
猫はそれぞれ
自由に生きている
風の吹くままに
自由に生きている

甘える猫
サービスする猫
だます猫
夢見る猫
ポプラの木によじ登る猫
自転車のかごに乗った猫
猫はそれぞれ
好きに生きている
気の向くままに
好きに生きている

礼儀も恩義もないわけじゃない
でも、
そんなことに価値はにゃい
ゴーゴー
毎日楽しいネコタウン
ここは楽しいネコの町

野良猫も媚びを売る訳ではないですが、時々愛嬌ふりまけば快適に過ごせることも分かりってきましたし、自身の役割を理解し、プライドを持って人と共存しているのでした。
良かったですね。

でも、実はミーチェだけは別でした。町の危機には立ち上がった彼でしたが、街が落ち着くと今度は逆に、もっと冒険がしたいという気持ちが沸き起こったのです。経験不足や勉強不足を感じたからかもしれません。何故だか分からないのですが、このまま安住してはならないと思ったのです。
ミーチェはノアにも別れを告げました。
そして街にも別れを告げ、旅に出ました。夜明けに。

9.僕は旅に出る

夜が明けると
見えなかったものが見えてくる
知らなかったことが分かり始める
ほら、ゆっくりと世界に色が付き始める

夜明けが来たら
もう僕は出かけよう
新しい旅に

水が流れる
蕾がほどかれる
閉じていた扉が開いていく
ほら、ゆっくりと世界は回り始めている

夜が明けると
聞こえなかった音が聞こえてくる
気付かなかったことに気付き始める
ほら、ゆっくりと時計の針が動き始める

太陽が昇ったら
もう僕は出かけよう
新しい旅に

僕の影が出来る
鳥が鳴いている
風にカーテンが揺れている
ほら、ゆっくりと世界は回り始めている

さて、ささやかな猫たちの物語はこれでおしまいです。
あなたの近くにも猫がいますか?
飼い猫ですか?
野良猫ですか?
猫って自由で良いですよね、甘え上手で勝手気まま、猫って不思議な生き物ですね。私達のこともよく観察しているのですね。
でも、飼い猫、野良猫、これからもずっとお友達でいたいものですね。
でも中には化け猫が混ざってるかもしれませんね。
あなたの隣の人
もしくはその隣
いやいや、私も実は、ネコを宣伝する化け猫なのかもしれませんよ

では、さようにゃら

アンコール:「猫の言葉でこんにちは」(再)




作曲:なかにしあかね  2019