いつかの木から呼ぶ声がする
遠い日の私の声
いつのことだろう、木に登ったのは
私はいつも最初の枝に腰を掛け夕焼けを見ていた
夕焼け空の向こうには
儚い少女の夢が広がっていた
出窓のある家で暮らすのが夢だった
部屋の中で犬を飼うこと
毎日テーブルには花と果物があること
ピアノを弾きながら庭に干した白いシャツが見えること
ささやかなストーリーを夢みながら、私は止まり木のようにして枝に腰掛け
足をぶらぶらさせていた
春の日の午後、木の穴に向かって好きな人の名前を囁いてみたことがあった
夏祭りの夜、ひんやりする木肌に抱きついたことがあった
木の葉を集めながら、ふと不安がよぎり泣きたくなったこともあった
いつのことだったろうか
あの木はもうない
時が過ぎ
私はいつの間にか母親になり
願ったことは本当になっている
でも、あの頃の木が懐かしく
枝に腰かけた少女にじっと見つめられている気がするのだ
木を見るたびに思い出す
いつかの木から見た風景を
その向こうに広がっていた少女の夢のことを
小さなため息とともに
かけがえのないあの日々のことを
2011.5.16
作曲:北川 昇 女声合唱曲集「いつかの木から」2011