クリスマスの雪灯り

いつかどこかのクリスマス
夫と二人でバレエを見に行った帰りだった。
子どもたちのためにケーキを買ってタクシー待ちをしていると、雪明りの向こうに軒先で雪を避けプレゼントの白い箱を持っている男の子を見かけた。
金色の髪の毛にブルーの瞳、ほほにはそばかすがあった。
寒そうに緑のマフラーに首をうずめていた。
「誰かに渡すのかしら、それとももらったのかしら」
そんなことを考えていたときに、ふとあるクリスマスの出来事を思い出した。
誰にでも悲しい思い出があるのだろう。誰にでも楽しい思い出があるのだろう。でも、私はどうやらそのどちらにも分類できない苦味のある思い出を、自身の胸の奥底の深い部分に埋め隠していたような気がしたのだった。小さな記憶だ。その記憶にかき乱されないために、出来るだけ思い出さないようにしていたのだろう。唐突な思い出の出現に、私は取り乱さし、軽いめまいを感じた。
やがてタクシーが止まると、夫は私を乗せて家の住所を伝えた。家に帰ると留守番をしながらクリスマスツリーの飾りつけをしてくれていた二人の男の子が出迎えてくれる。
「ねえ、ケーキ買ってきてくれたの」
「ええ、大きい苺を飾ったチョコレートケーキをね」
そんなやりとりがあって、私は一人で寝室に入るとベッドに腰をかけた。

私はまだ若い頃、ハイスクールに入った頃だったが、自分勝手で勝気な女の子だった。二人のボーイフレンドから言い寄られていた。一人は幼馴染の貧しい家の地味な男の子ハリー、もう一人はお金持ちのプレイボーイ、オリバーだった。私は、舞い上がってお金持ちのオリバーを選択した。まだ子供だったからだ。本当の愛とか恋とかということを知らず、見栄や虚栄や自分自身が羨望の眼差しを得られることを選んだ。まあ、それだけならまだ仕方ない。でも私はクリスマスにハリーに対してかなり酷いことをしてしまったのだった。どうしてそんなことをしてしまったのだろう。オリバーと一緒にいたあるクリスマスの日、ハリーは幼い頃から私にも良くしてくれていた彼の母さんが焼いてくれたケーキを運んできた。私はそのハリーを門前払いしてしまったのだ。しかも、ハリーのズボンの膝当がぺランとめくれていることをオリバーと一緒に嘲るようにからかってしまっていた。暖かい部屋の窓から顔を出して。そう、こんな雪の日の道端で、ちょうどハリーは緑のマフラーに首を埋めながら白い箱をもったまま寒そうに震えていたのだ。
私はハリーに謝るべきだった。謝りたかった。幼馴染だった彼と過ごした時間は長く、彼に救われたことがたくさんあったはずなのに、私の間違った行動が彼を深く傷つけたからだ。彼は降りしきる雪の中を茫然として立ち尽くしていた。しかし、その後、私がハリーに謝るチャンスは訪れなかった。オリバーとは間もなく別れた。それでも私はハリーに謝ることが出来なかった。もちろん、きっと本当に私を愛してくれたのはハリーのほうだったのに。彼はその数年後に病で亡くなったのだ。私はひどく動揺しながらも「可愛そうに」とひとこと言って、それ以来彼の面影を封印してしまっていた。

クリスマスツリーの明かりが窓ガラスに映っている。
その向こうは雪明りだ。
私が嗚咽を漏らしながら泣いていると、夫が静かに近寄ってきた。
「ごめんなさい、幼い日に男の子にかわいそうな仕打ちをしたことを思い出して」
「そういうことか」
「唐突に、なぜあんなことをしたんだろう」
私はハンカチで涙をぬぐった。
「何故って問うんじゃないよ、人生にはわからないことは多すぎるからね、好きな人を傷つけてみたり」
「そうよ、本当にそうだわ」
「もう泣くんじゃないよ、誰にでもあることさ。涙はもう十分さ、思い出してあげなさい」

私は、私自身の若葉の恋の苦さを思い出した。
良心の呵責は消えはしない。しかし、今日見た緑色のマフラーをした少年に幸あれと思った。たくさんの小さな人生を繰り返し飲み込んで、世界や歴史は巡っているのだから。
やがて、キッチンに戻ると、待ち焦がれていた2人の男の子たちにケーキを切り、一人ずつをぐっと抱きしめた。



いつの間にか時は過ぎ
いつの間にか
雪は降り始めていた
何故ってきかないで
私の気持ちを
花びらが散るように窓の向こうには雪が舞い
目を閉じると浮かんでくる
あのクリスマスの夜
悲しみは時を超えた美しい宝石
零れ落ちた涙の中に
あなたの微笑みが浮かんで消える

時間の中に私がいるのか
私の中に時間があるのか

私はもう幾百年も取り残されたよう
愛は世界をともす灯り
夜更けにクリスマスツリーの灯が滲む

いつの間にか時は過ぎ
いつの間にか
月が輝いていた
何故ってきかないで
私の気持ちを
月が街頭のようにして雪の街角を照らす
耳を澄ますと聞こえてくる
あのクリスマスの夜
悲しみは時を超えた美しい鈴の音
零れ落ちた涙の向こうに
あなたの声が遠ざかっていく

あなたの中に私がいるのか
私の中にあなたがいるのか

私はもう幾百年もの孤独に晒されたよう
愛はやさしい雪明り
夜更けの雪が私の時間を覆っていく





2023
作曲: 2023