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まだ見ぬあなたへ 北川昇 合唱作品集


「北川昇さんのこと」

この度、初めて北川昇さんの作品集(CD)が出来るということ、 その大半を指揮させてもらっていることを嬉しく思います。
私が北川昇さんを初めて知ったのは、彼が音楽大学3回生の頃で したでしょうか。
ある演奏会のアンコールで発表された彼の短い作品を聞く機会が あったのですが、驚くべきことに、終演後、私は躊躇することな く楽屋に足を運び、「淀川混声合唱団」の定期演奏会の組曲を依 頼したのでした(→「シャガールと木の葉」)。このようなこと は後にも先にもあり得ず、この行動を自分自身の自慢話?として 得意気に語っております。
北川氏の作風には奇を衒ったところがなく、若い世代にありがち な実験的な部分も少なく、書法としては極めて保守的な手法に貫 かれています。このような場合、テキストの選択眼や作曲家の感 受性が曲の価値を決定付けていくのでしょうが、北川氏の場合ま さに歌い手や聞き手の心理までを含めた「曲が歌われる現場への 理解と、その波及効果への想像力」が豊かであり、まさに「歌い たくなるような歌」の誕生に繋がっているのです。私は彼のよう な作曲家の出現を待っていたのでした。合唱が「歌われることを 前提としたポピュラリティのあるジャンル」であることへのミッ ション、ある種の「社会性を持った合唱の現場にどのような曲を 誕生させるのか」ということ…、と正面から向き合う作曲家とと もに、21世紀の合唱界をさらに活性化させる必要性を感じていた からです。

北川氏は歌い手としての立場を今でも保持されていますが、その 事が作品に大きな影響を与えていることは間違いないと思います。 委嘱し初演を務めることになった「きょうはきょうきょう」は、 私自身が実践する合唱のイントロダクションや児童合唱への指導 方法の中心である「カノンや交唱、手遊びや身体を使った集団遊 びをしながらの歌唱、耳を使って自分と他人との距離感や役割を 感じ合うことの出来る和声の楽しみ」への志向に満ちています。 現場を取材し、指導プロセスを想定したエチュードとして完成さ せられている様子には感心しました。また、私の男声合唱団に歌 い手として参加されてから取り組まれた「あの日たち」では、男 声合唱のメカニズムが完璧なまでに反映されており、歌わせどこ ろの見極めも含めて見事な吸収ぶりだと思いました。
「まだみぬあなたへのうた」は09年に「神戸大学混声合唱団アポ ロン」からの委嘱作品として私が初演指揮をさせていただきまし たが、北川氏の最も得意なフィールドとも思える若い合唱団のた めの曲集です。「かなうた第1集」と同じ(みなづきみのり/北 川昇)のコンビネーションも良く、苦悩し、夢を持ち、人生の強 度を生きる高校生や大学生に歌われることがイメージされた名曲 だと思います。これから多くの若い合唱団に歌い継いでもらえれ ばと思います。 今後とも北川作品のそばで合唱活動していけることが楽しみです。 合唱ファンを広げることの出来る多くの名曲の誕生を期待してお ります。

2010年8月発売
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