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大学男声合唱団の現状と展望・・・(5/5)

■男声合唱について
さて、ようやく大学の「男声合唱」ということに回帰していくのですが、 述べてきましたように、「大学合唱」そのものを取り巻く環境が厳しい 状況の中で、たくましい「大学男声合唱団」の維持存続はさらに難しい のが現状です。しかしながら、敢えてそこにこだわるとしたら、大学男 声合唱団の先輩こそが発想を切り替え、上記のような大学合唱そのもの への展望に則る形で後輩支援をしていくことでしょうか。
例えば具体的には「男声合唱のレパートリー」を見直していかねばなら ないと思います。必ずしも昔のものが悪いというものではなく、大学合 唱団の規模や形態にあった曲がもう少しバリエーション豊かに量産され ねばならないかもしれません。(例えば、セカンドメロディーが多い ロバートショーコーラスアルバムはなかなか難しいレパートリーとなって いるとか、ピアノ付で混声からの男声アレンジものもスケールが大きす ぎて難しいとか…)…例えば、やや少ない人数でも満足感の得られるよ うな日本語のレパートリーがもっとたくさん作られても良いのかもしれ ません。

長時間練習で培ってきた深い目の発声的(グリー声というか)なものに ついても、曲やスタイルに合わせて、持ち声を生かしてやや効率的に獲 得出来るものにしていく必要もあるのかもしれません。大学合唱団の定 期演奏会にOBが賛助出演しているケースが良く見られます。もちろん良 い手だと思います。大きな集客の中で、成功体験をさせていくことは男 声に関わらず重要なことだと思います。また逆に、あえて一部分につい ては迎合せずに「熱さ」や男声合唱特有の伝承事項をしっかりと受け渡 していくことも重要なのかもしれませんし、何より大人の男声合唱団が 大学合唱団の憧れの目標にならなくてはならないのではないかとも思って もおります。…要するに特効薬というものはないけれど、いくつかの指針 に沿った複合支援によって上手く誘導してやることで存続させていくこと が必要ということでしょう。技術顧問という立場を有する私としては、特 効薬を探すのではなく「良いものと出会わせて、それを目標に学生に頑張 ったことの達成感を味わってもらう」段取りを作り、「頑張る学生を大 人が応援する」というシンプルな構造を構築するための努力を重ねたい と思っているところなのです。

最後に、余計なお世話ながらやや個人的観点を持ち出しましょう。私は 大学においてはボランティアやインターンシップやクラブ活動への注力 時間を得るために「大学五年生論」を掲げたことがありますが、同様に 無責任に社会システムに言及させていただけるとするならば、男性を取 り巻く社会的課題について、我々はもっと発想を変えていくべきではな いかと思うのです。近年平均年齢の高い男声合唱の頑張りは目を見張る ものがあります。しかしながら、日本人の20代30代40代の男声は 果たして歌を歌っているでしょうか?とてもそれどころではない状態の 空白期間を過ごしながら、定年後を見越して50代から復帰してくると いうことになっていないでしょうか?

大学男声合唱団の復権ということ以上に、社会構造を一気に乗り越えてい くべき発想が必要なのではないでしょうか。社会人になったらとても時間 がないから大学のうちに頑張っておけ・・・という発想はさることながら、現 在の日本社会に大人の男性からの文化発信の場は見られるでしょうか?
例えば、私の指揮する「なにわコラリアーズ」は20代30代の人間が 歌っている稀有な合唱団ではありますが、土曜の夜にも関わらず、半数以 上が仕事で練習に来れない人たちでもあります。マネージャーとは深夜の 0時を越えないと連絡が取れません。若手OBは入団してもどんどん転勤を 重ね、やがて東京に集中していきます。このような現象を見ている限り、 合唱団に限らず、恐らく地域文化にも参加できない状況や、中央一極集中に 近い文化の発信構造そのものを変革し、それぞれの地域や各年代からの文 化発信が出来る構造に変化させていくことの方が重要である気がしているの です。例えば、組織に束縛されがちな男声合唱団員の海外遠征は至難の技 でもありますし、日本で開催された世界合唱シンポジウムの素晴らしい演 奏ですら、平日に何人の男声合唱人が見に来ることが出来たでしょうか?。 我々が男声合唱について考えるということは、疲弊したサラリーマンを生み 出す社会ではなく、成熟した大人の文化を生み出す社会を考えなければな らないということを意味しているのではないでしょうか。
発想を変えて、少しでも大人の男声合唱スタイルを模索していくことで、 大人の男たちに憧れる大学の男声合唱が再興していくことに繋がりはしな いかとも思ったりもするのです。近いうちにまた、いくつかの試行錯誤を 打ってみたいと思っています。

2008年Jamca通信より
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