「ナイト・オン・ザ・プラネット」
ジム・ジャームッシュ(1991年/米)
エンディングで「グッド・オールド・ワールド」を歌うトム・ウェイツの声が優しく響き渡ると、何となく落ち着いた…大袈裟でないささやかな感慨に見舞われた。「そうそう、こんなもんなんだ…きっと」というような気持ちが芽生えてきてそれを自分で肯定しているのだ。
映画はオムニバスで、薄暮のロサンゼルスから夜明け前のヘルシンキまで地球の5つの都市を巡り、タクシードライバーと乗客のささやかなやりとりを描く。東欧からきて道も分からず運転も出来ないドライバーや盲人の乗客、泥酔した客と深い悲しみを持つ運転手のやりとり・・内容は時にユーモラスで、時に下品で他愛もなく、また時に少し心に止まる暖かみを残してくれる。しかし考えてみれば、我々の近くで起こる出来事は、恐らくこの映画のように特別なストーリーも持たず、始まりも終りもないまま束の間に過ぎ去っていくものではないか。その多くは忘れられ、その幾つかは時々思い出されるだろうが、時間だけが緩やかに確実に流れ、出来事は風景のように移り変わってゆくのだ。…映画では、日が暮れ、夜が明けていくという単純な営みの中 で起こる様々な風景を覗いていたが、どれも軽快なタッチでありながら身近な人生の 一瞬を確実に捉えている。また、ささやかな物語ばかりだが、ダウンタウンの夜の風景も、人も確実に呼吸をしている。長編のドラマでは決して描くことがないような何気ない夜のひとコマひとコマを「映画も人生も元来このようなものなのだ」と言わんばかりに…まるでコーヒーや煙草のような気安さで提供してくれたジャームッシュの会心の作品だった。