「スラム砦の伝説」~映像の魔術~パラジャ-ノフ映画祭

セルゲイ・パラジャーノフ(1984年/露)

映画館を出たあと、寝覚めのようなあいまいで気怠い感覚に見舞われることがある。 映画を見ながら「これは夢なんだ」ということを自覚しつつも、まだ目覚めたくない…このまま夢見てたい…という気持ちに包まれることがある。パラジャーノフの 映画は、まさにそんな映画だった。
グルジアのこの監督はすでに故人となってしまったが、投獄された経験も持つその生涯にたった4本だけの映画を残し、その作品が昨年ようやく公開されて話題を呼んだ。内乱や対立の続く地方であるが、その作品は民族性にあふれながらも美しく詩的で「眠り」のようでさえあった。例えば「スラム砦の伝説」という作品では、 外敵から守る砦建設のために人柱になった青年の伝説を描くが、映像の連続が夢のような境地を切り開いているのである。映画を見ながらストーリーなど一切忘れ、 ただその時間の中に身を漂わせていたような気がするのだ。パラジャーノフが描いたのは、イコンのような人の顔であり、馬や建物や、空や荒野…動いている羊の群 や、岩や石や衣装や瞳であった。映画の中ではそれらがすべて何らかの象徴であると同時に、オブジェとなって意味から離れ、物語を説明するという機能から遠ざかり、独自の美しさで輝いている。色、光、音楽・・「舞踏的」という言葉が一番よく当てはまるくらいに、それぞれの映像が生命をもち、リズムを作りあっているのだった。
映画が終わると、どこまでが夢だったのかも曖昧なまま外へ出たが、映画をみたと感じること自体、パラジャーノフの魔法なのではないだろうか・・。そう思えるほど不思議な映画体験であった。