「ポンヌフの恋人」 ~燃え上がる生命感~

レオス・カラックス(1991年/仏)

破格の制作費と2度に渡る制作の中断で早くから話題になっていたこの作品であるが、ロケが不可能なら代わりに本物の橋を作ってしまうというほどのカラックス監督の情熱に支えられ、ようやく完成された。出来上がったのは彼の青春3部作を結ぶに相応しい、激しく、美しい作品であった。
映画は、ポンヌフ橋で暮らしている天涯孤独の大道芸人アレックスと恋の痛手と眼病とで絶望の日々を送っていた画学生ミシェルの純粋な愛を描く。主演のドニ ・ラヴァンとジュリエット・ビノシュは「汚れた血」以来のコンビであるが、こ の組み合わせでしか考えられないほど作品の世界の中に溶け込んでいた。まるで二人の存在自体がそのまま、激しく、危険で、壊れ易く、暴力的ですらある愛情を表現してみせてくれていたような気がする。眼帯をしたビノシュの憔悴した表 情、火を吹くラヴァン・・純粋すぎるがゆえにコントロール出来ない愛情は、人を傷付け、自分自身を傷付け、それでもおさまらずに呻き、暴れ、狂う。また、 地下道の中で燃え上がるポスターや飛沫を散らす水上スキー・・パリの夜空に打ち上げられた花火など、作品は全体が炎のイメージに彩られ、めらめらと輝やいている。そして、それと同様に、ひたすらに彷徨する二人の激しい愛情は、ときに社会の規範を逸脱してしまうまでに無謀でもあり、末期の熱病のように生命を激しく消耗させ、燃え上がらせているようにも見えるのである。
まるでカラックスの心のままに絵の具を撒き散らしようなこの映画だが、映像のシャープさに加え、「感情の映画」と呼ぶに相応しい「映画の生命」が宿っていた。