「カフカ~迷宮の悪夢」
スティーブン・ソダーバーグ(1991年/米)
89年に、デビュー作(「セックスと嘘とビデオテープ」)でカンヌのグランプリを受賞したソダーバーグの2作目は、カフカの小説のイメージを巧みに盛り込んだ迷宮のような作品であった。
物語は、「変身」の書き出し部分に頭を悩ませていたカフカが、友人の失踪事件を調査していくうちに、次々に不可解な出来事に巻き込まれ、ついには官僚主義の帝国のような謎の城に足を踏み込ませていくというものだ。内容は彼の小説や記録に基づくものではないのだが、「笑う男」や「謎の城」「改造人間」や「官僚主義」など不条理さや、理由のない恐怖感といったカフカ的なモチーフに満ち ている。また、カフカの小説には、「物語」の力で、わけの分からないうちに悪夢のような世界に引き込んでいくという不思議な魅力があるが、映画はフリッツ ・ラングやヒッチコックのスタイルを彷彿とさせるほどの巧みな語り口で物語の 魅力を十分に表現している。
さらに深刻な内面描写やメタファーでなく、探偵物語的、SF的な要素を汲み取 ることによって、逆に通俗的な解釈を越えたユニークなカフカの世界を創造しているし、カメラは陰鬱なプラハをモノクロームの映像で捉え、パートカラーのタイミングも良い。それらの映像の息遣い…その絶妙のアングルと映像の繋ぎから も、まさにカフカ的としか呼びようがないような…まるで過去の幻を見るような、 不思議な雰囲気が醸し出されているのだった。
カンヌでは「映画の未来を信じさせてくれた」とさえ言われたこの映画青年だが、 手堅い表現と大胆な遊びぶりには、なるほど、思わず溜め息が漏れた。