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学生指揮者のためのスーパー練習術〜計量的練習法の心がけ(その1)

…歌いたい何かがあるから「うた」が存在するのであり、理屈ではない何かが あるから「音楽」は魅力的なのでしょう。指揮者として演奏会の舞台に立ち 「音楽を作る」という役割を担う時、プロもアマも年齢も全く関係ありません。 人それぞれに感受性がある以上、その感受性や世界観を生かして「自分なりの 表現」に向かっていきましょう。…しかしながら、合唱という芸術そのものは、 音楽のジャンルに属し「芸術的な側面」を持っているだけではなく、多分に 「社会的な側面」を持っています。つまりピアノに向き合うピアニストとか、 カンバスに向かう画家等ではなく、合唱では複数以上のメンバーが一定時間 集まり、技術を磨き、表現に対するコンセンサスを形成しつつ舞台での発表 に向かっていく訳です。特に大学合唱団の現状に即して考えた場合、必ずし も個人のスキルや関与の仕方が一定ではなく、常に初心者を抱え上下関係を 新陳代謝させながら永続していく組織を相手にすることになるのではないで しょうか?そのためには目標を達成するのに、指揮者個人がいかに芸術的感 受性に優れていたとしても、自分ではなく「人を歌わせるため」に闇雲に突 き進む訳にはいきません。全体の技術の獲得や仲間と一体となって物事に取 り組む姿勢、時間を効率的に活用していく方法などを習得する必要があると 言えます。

○何が重要か?
 A)パーソナリティを生かすこと<感受性的側面、人間的側面、芸術的側面>
 B)組織のリーダーとしてのスキルを獲得すること<社会的側面>

○Bについて、何をどうすればいいのか?  1.スケジューリング(長期、中期、短期)
 2.目標設定(長期、中期、短期)
 3.それらに対応して計量化を意識をしながらしっかり準備をすること

「計量化」という言葉は、音楽の豊穣なイメージとは逆に味気ないもののよう に響きます。しかしながら、例えば「音楽」という形にならにものを計量化し たものの代表が「楽譜」でもあります。「あ、うん」の呼吸や気合、慣れだけ でなく、時間や空間を越えて音楽のイメージを具体的に伝えてくれるもの、集 団での表現をしやすいように工夫されるものという理解をすべきでしょう。そ れととともに、発表会やコンクールという社会的場面(一定数の聞き手がおり、 そこで発表する)である本番に向けて集団表現を練っていくという点において は、かなりの計量的戦略が必要であるとも思います。次回は、計量的な練習ス ケジュール作りについて、具体的にアドバイスしてみたいと思います。

学生指揮者のためのスーパー練習術〜計量的練習法の心がけ(その2)

【スケジューリングについて】

合唱指導者の役割の一つがリハーサルビルディングだとすると、スケジューリン グは最重要課題です。前に立って団員の貴重な時間を預かる以上、どのような工 程でスキルアップしながら曲にアプローチしていくかということは指揮者に委ね られる訳ですから、本番における突発的な指揮力より、むしろ日頃の練習の組み 立ての方が重要な課題であるように思います。例えば、優れた小学校の先生が短 い授業の中で順序良く子供たちに興味を持たせて理解させるスキルを持っている のと同じように、適切に時間を仕切らねばなりません。「やってみたけどちょっ と無理があった…」というのはもちろん、毎回のように練習時間の延長があった りすると団員のモチベーションは下がりますし、一つのところに拘り過ぎて過剰 に時間を割いてしまったり(学生指揮者にはよくありますね)、団員を前に「え ーっと次はどうしよう、、」などと言ってしまうようなことも信頼を損なう原因 になり得ます。社会生活の中では時間は有限であり、特にメンバーがパーソナル な時間を持ち寄って1つの取組みをしているのですから、本番までに何回練習が あっていつまでに何をする、という計算の中で段取りをすることが指揮者の役割 の一つだと言えます。
特に慣れない学生指揮者等には、私は物事を計量的に分析し準備をすることを勧 めます。最近では、数値化しにくい行政サービスのようなものでも指標的な数値 を用いて比較検討しながら改善活動を進めることがありますが、人間関係で練習 するだけではなく、工程を数値化し、見えにくい要素を顕在化させ、段取り良い 指導を心がける努力が必要でしょう。

○学生指揮者に対するアドバイス:例
<総練習時間>
・昨年の演奏会のための「総練習時間」を割り出し、今年の練習計画を立てる
<曲の難易度に対する評価(変数的)>
・アカペラか否か、言語が日本語かどうか、という観点で昨年の曲との難易度差 をある程度数値的に把握しておくことも大事です。(外国語なら、言葉が身に着 くために少し割り増しの練習時間が必要とか、個別の対策が必要だとか)
<団員のスキルに対する評価(変数的)>
・経験者が昨年より増えているのかどうか、一年生の比率がどうか、曲を仕上げる 工程において、曲と現在の団員スキルの差について掌握しておく。
例えば、このようなことからはじき出された年間の総練習時間をもとに計画を立 てるだけでなく、課題を出来るだけ具体的に抽出し、(個人)(パート練習) (アンサンブル)のどれで解決するのが効果的かと考えること、特別にボイスト レーナーや専門家を招聘して解決すべき部分とそのタイミングを含めて、機能的 な練習方策を計画することが必要ですね。
行き当たりばったりでも素晴らしい結果が出せるのはごく一部の天才か経験値の 高い指導者だけでしょうから、多くの指導者にとって具体的な段取り作りが重要 です。また、しっかりしたスケジュールを団員に示し、アプローチの工程や目標 値を共有することによって、逆に状況に応じたフレキシブルな対応や、「歌い手 の自発性や音楽作りへの参画」を促すことにも繋がるように思います。

ハンナ 2013年11月号に掲載
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