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「なにわコラリアーズ(世界合唱シンポジウム参加レポート)」

2005年に京都で開催された、「第7回世界合唱シンポジウム」の準備スタッフに加わり 参加出来たことは、私の合唱人生の中でも最も刺激的な出来事であったと言えるかも しれません。それは、「世界は広くて、音楽は驚くほど豊かだ!」という当たり前に も過ぎることを再認識したということなのですが、ともすればコンクールの全国大会 をピークに形成している錯覚してしまうことのある日本の合唱界においても、それが 井の中の蛙であることを明確に示してくれるとともに、今後の我が国の合唱活動の方 向性について重要な示唆を与えたイベントであったと思っています。
京都のシンポジウムでは、客席を全面に使って「民族が伝承してきた歌が、どのよう に祭儀や生活を通して私たちの命と関わってきているのか」 ということをテーマに びっくりするようなクオリティで歌の魂を聴かせてくれたオスロ室内合唱団はじめ、 美しい舞踏も交えたトルコの合唱団、ハイパワーハイテンションのアフリカの合唱団 等々が登場していましたが、単に上手な合唱団が集まって来ているということではな く、また西欧的な声楽のあり方だけでない声の出し方(ホーミーやブルガリアンボイ ス、日本の声明をも含む)や、歌がいかに歴史や民族のアイデンティティに関わって いるか、民族の持つリズムや音感覚(ヘテロフォニックなものも)の多様性と、その 多様性を越えていく気持ちの共感のようなもの(言わばローカリズムとグローバリズ ムの交錯)が分かち合われ、眩暈がするほどの興奮を覚えたものです。(参加団体の うちメインステージでピアノを使った合唱団はほぼ皆無だったのに、民族の打楽器を 使った合唱団は半数近くに上っていたことも象徴的)
さて、今年の8月には、10回目になる世界合唱シンポジウムが韓国のソウルで開催され ました。ちょうど創設20年 を迎えた「なにわコラリアーズ」は、京都で開催された世 界合唱シンポジウムに国内招待団体として参加し、その素晴らしさを知って以来、再 度のチャンスを窺ってきたのですが、今回は通常の開催時期よりも少し遅かったこと (お盆に近い時期で男性社会人が比較的休みが取りやすい)と、隣国の韓国であった ことで参加を決め、運良く難関審査を通って演奏することが叶いました。
日本から来た団体として自国の合唱文化の披露も兼ねて、一定の方向性を持って下記 のような選曲をいたしました。

■キリスト教音楽の受容と自国文化・民族性との融 合による「祈り」
「どちりなキリシタン」より(千原英喜)、「Pange Lingua」(松下耕)
■仏教的音楽(声明)の合唱表現の紹介
「真言」(間宮芳生)
■多様性ある日本のフォークロアの現代作曲家によ るアレンジの紹介
 「だんじゅかりゆし」(瑞慶覧尚子)「刈干切唄」(池辺晋一郎)「津軽じょんがら 節」(松下耕)
■日本の舞台芸術(歌舞伎・浄瑠璃)、祭儀付随音楽 等(囃子等)の合唱的表現の紹介
 「ラプソディーインチカマツ」「マニフィカー ト」(千原英喜)

いずれも決してアカデミックに過ぎず、男声合唱ならではの大らかさやエンターテイ メントを含んだ名曲ですが、このあたりを含めて海外の音楽関係者からは非常に興味 深かったという評価をいただきました。またアジアの国の合唱指揮者からも、合唱音 楽と自国の文化や民族性について、このような豊かな融合があるのは羨ましいと声を 掛けられました。
本格的な合唱曲が生まれてから100年程度の日本ですが、考えてみれば男声合唱だけで もこれほど豊かなバリエーションを持っていることについては驚くべきことなのかも しれません。また、日本語のテキストに付けた合唱曲についても日々新しい曲が生ま れ、発表されていることも事実です。私はよく「合唱で社会を変えたい」と公言した りするのですが、日本の合唱 界もそろそろ合唱成熟期に差し掛かるに当って、新し いビジョンや施策を意識して取り組んでいく時期が来ているように思うのです。何の ために歌うのか、歌や合唱にはどのような教育的・社会的効果があるのか・・・等々、 達成感をモチベーションにした努力や、競い合って高めていく時代を終え、日本の音 楽文化とは何で、日本独自の合唱文化とはどういうものか、ともに歌うことで何かが 変わり何が生まれてくるのか、を考えて行くことが重要だと改めて感じました。

P.s
出演者だったためにあまり多くの団体の演奏を見ることは叶いませんでしたが、世界 中の国の音楽の多様性に触れ、音楽や歌による交流の可能性を感じました。また、私 たちの演奏の中では、このシンポジウムのために委嘱した松下耕先生の新曲「Pange Lingua」と、同じくこれに合わせて男声バージョンを作ってもらった千原英喜先生の 「ラプソディー・イン・チカマツ (弐の段)」が特に大きな驚きとともに迎えられ ました。委嘱した新曲については2015年5月9日の第21回演奏会(大阪:ザ・シンフォ ニーホール)で国内初演いたします。

ハンナ 2014年10月号に掲載
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