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 混声合唱とピアノのためのメルヒェン「夢見る翼のうた」

16−01 2016.7.27

名古屋大学コールグランツェでは、昨年のあの圧倒的演奏 「夢にコダマする〜あるボスザルの物語)」の第2弾として、若手の作曲家である 山下佑加さんに「混声合唱とピアノのためのメルヒェン〜夢見る翼のうた」を書いてもら いました。どうも昨年から私自身の「合唱劇や歌物語への情熱」に再び火が付きだし たのと、昨年、二口大学さん、広田ゆうみさん、という演劇人から指導を受けて動い てみたことで学生には「身体と音楽の連動」のようなもの、「表現における身体性」 のようなものに対する目覚めがあったのだとも思います。
昨年に引き続き、二口さんに演出をしてもらい、広田さんに朗読をしてもらいました。 そして今回は朗読部分を台詞化し、学生に群読のようにしながら読んでもらい、全8曲 の合唱曲と、それを緩やかに繋ぐ朗読と群読で、渾然一体とした舞台を発表することが 出来ました。
私にとってはまた何とも言えない格別の貴重な体験でした。大変素晴らしくって全てが 夢のようでした。高嶋みどり先生からの提案が原案であった昨年に比べて、テキストは 非常にポエティックでリリックなもので、ストーリーらしいものも緩やかに漂っている だけでしたが、逆に「ストーリーを伝えることに必死にならなくても良い」ことがまた 純粋芸術である音楽と上手く絡まっており、昨年とは違ったテイストでの演奏となった ように思います。
これを何というジャンルというのか非常に難しいのですが、大学生でやってしまいがちな 「企画もの」と完全に異なる立ち位置を持っているのは、そこに演劇人の視座を入れてい ることだと思います。立ち方、姿勢、視線、話し方、小さな小道具の生かし方も含めて、 表面的な「ストーリーを了解させる」のために言語(ナレーション、語り)があるのでは なく、言葉の持つ無媒介的な煌きや、音色が伝える「言葉にならない感情」を取り扱うこ とが出来ましたし、「舞台に立って私は何を伝えるのか」ということに源を持ったステージ が出来たと思うのです。
大げさに言うと、舞台とは「私はこのように生きているよ」ということの表現の場でもあ るように思います。学生たちの思いきった取り組みに、私は彼ら彼女らなりの生き様を感 じ取り感動しました。ぜひぜひこのようなスタイルの演奏会から、合唱や音楽や表現その ものの本質を問うということが出来ればと考えています。

山下さんには昨年の夏の学生ジョイント「夢の続き」に続いての作曲のお願いに加え、 ピアノまで弾いてもらいましたが、本当に謙虚で控えめながら芯のある音楽を作られる 素敵な方です。主人公の成長とともに音楽史が展開する仕掛けも素晴らしいものですが、 何よりどの曲も本当に耳に残って離れない名曲にしていただき、私なんかも練習帰りは ずっと口ずさんでおりました。

PS.
私のイメージするラウル(主人公の鳥の名前)です。本番前に新幹線で描いてました。

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