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「天使のいる構図」に寄せる

第59回東西四大学合唱演奏会より

…もうかれこれ20年以上も前の学生時代のことになります。1か月間に 渡るヨーロッパ演奏旅行(「同志社グリークラブ」の学生指揮者として) の途中、オフの一日をベルンのクレー美術館(旧)で過ごしたことがあり ました。クレーのバイオグラフィーに沿った展示を順番に回りながら、迷 路のような美術館をどきどきしながら階下へ降りていくと、やがて戦争に 伴う苦悩や病による苦痛の時代を経て、最後の三室くらいの行き止まりの 部屋に辿りつきました。そこにはシンプルな線だけによる「天使の絵の連 作」が並べて飾ってあったのです。クレーが好きで「クレーの日記」をも 愛読していた私は、雨の日の平日、観客もまばらな美術館で立ち尽くしな がら過ごしていたことを思い出します。

さて、この「天使の構図」は、昨年の夏に私自身が実行委員長になって主 催企画した「The Premier〜真夏のオール新作初演コンサート」で発表さ れた新曲です。「ぜひ関西から新しい合唱文化を発信していきたい」と いう私の気持ちをカワイ出版に汲んでいただき、関西の合唱団とカワイ出 版とがコラボレーションをする形で企画実現した演奏会でした。北川昇・ 鷹羽弘晃・松波千映子・松本望という新進気鋭の四人の若手作曲家に新曲 を委嘱し、それを4つの合唱団<Vocal Ensemble《EST》(三重)・プラバ ピュアブルーベリー(島根)・クールシェンヌ(奈良)・なにわコラリア ーズ(大阪)>が演奏するという形態を取りましたが、幸いにして私自身 も曲が誕生する瞬間の様々な苦労や喜びに立ち合わせてもらい、作曲とい う作業が決して個人的な作業ではないこと、そして曲は「歌われること、 聴かれること」によって初めて生命が宿るものだということを実感しなが ら、個性豊かな4つの新作の誕生に関わることができました。(全て楽譜 として出版され即日販売されています。ライブCDもあり)。
現在フランス在住(留学中)の松本望さんとはメールのやり取りをさせて もらい、私自身が指揮する「なにわコラリアーズ」で披露させてもらいま したが、何と言っても曲の完成に向かう中で彼女の才能の底知れない凄さ に慄然としたものでした。テキストは谷川俊太郎の「クレーの天使」です が、松本さんの手にかかると大詩人のテキストすら自由自在に組み合わさ りコラージュされ、いったん解体されたように見えながら本質のみが膨大 な輪になって繋がっていく様を目の当たりにし、瞠目してしまいました。 (しかも軽やかに!)
時空を超えてクレーの絵画からつむぎだされた言葉、そしてその言葉から 触発された松本望さんの素晴らしい音楽、その循環のリレーバトンを受け 継ぎ、それを塊のようなメッセージとして歌い切ることで、この曲をこの 世に産み落とすことに参画出来たことを嬉しく思ったものでした。そして、 その時からこの曲をぜひ学生合唱団に歌って欲しいと願ったものでした。

男声合唱のみが表現し得る「不幸と幸福」があるように思います。生き ていることの「苦痛と憂い」、そこへ向けられる「まなざしと励まし」、 …それらを大人数の学生とともに力いっぱい表現したいと思います!

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