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「夏は来ぬ〜日本の抒情歌」 『日本の四季U』より

淀川混声合唱団代第12回演奏会より

窓を開けると祇園囃子が聞こえる季節です。(京都の中京に住んでます)
打ち水が、アスファルトの火照りを取り払うように夕暮れの気配を運ぶと、雑音の中に 紛れるようにして細切れに夏の音が聞こえてきます。
夏…、蛍、花火、西瓜、海、風鈴、鈴虫、夏祭り、…なぜか、ほんのりとした色香や小 さな興奮と共に子供の頃の思い出がよみがえる季節です。そう言えば、縁側で父と将棋 を指したのも、団扇を片手に金魚掬いをしたのも、祖母の家に一人で泊まりに行ったの も、みんなみんな永遠に続くかのような、この夏の出来事でした。それらの思い出はす べて甘美な匂いを伴いながら我々全体の夏のイメージを形成しているようにも思います。

さて、今日は大好きな日本の歌を歌ってみます。幼い日に一度は口ずさんだり、耳に したことがあるような曲の中から「夏」をイメージさせるものを中心に数曲選んでみま した。

それにしても唱歌や抒情歌の数々を歌っていると、「日本語」の「語感」の中に音楽 や自分自身が絡め取られていく感覚に見舞われてしまいます。繊細な言葉によってまとま りのない自分の感性が癒されていくのでしょうか。これらの歌の中には子供の頃、意味を 理解することもなく歌っていた言葉や、今やすっかり使われなくなった言葉、あるいは辞 書を引いて初めて意味を納得出来た言葉がたくさんありますが、その割には言葉を発する だけでどきどきしたり、しっとりとして、かつ気品ある風情を感じるのはどうしてでしょう。 「言葉」を獲得することは「感性」を獲得することでもあるのでしょう。ボキャボラリーを 増やすこと、言葉を使い分けることは、そのまま感性と表現の繊細さを磨くことではない でしょうか。

…言葉で表しきれないことが多いから音楽がある…と私は主張しつづけています。しか しながら、日本語の言葉の多様性は日本人の繊細さの証でもあるでしょう。特に季節を感 じさせるものが多いのは多くの人の指摘する通りですが、意味だけではなく、語感の持つ リズム、言葉の持つ「官能性」や「なまめかしさ」、…恋の目配せのように「どきどきす る感じ」…をしっかり胸に抱きながら表現したいなといつも思っています。

…言葉で表しきれないことが多いから音楽がある…と私は主張しつづけています。しか しながら、日本語の言葉の多様性は日本人の繊細さの証でもあるでしょう。特に季節を感じ させるものが多いのは多くの人の指摘する通りですが、意味だけではなく、語感の持つリズ ム、言葉の持つ「官能性」や「なまめかしさ」、…恋の目配せのように「どきどきする感じ」… をしっかり胸に抱きながら表現したいなといつも思っています。

「よどこん」の演奏が「夏の扉」を開くことになれば、とても素敵です。 気持ち良く歌えたらいいなと思っています。

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