Keishi Ito Homepage 〜目をひらく 耳をすます つぶやく〜 

こどもコーラスフェスティバルinひろしま
       〜7月31/8月1日広島国際会議場フェニックスホール

戦後65周年を記念した今年の「こどもコーラスフェスティバル」は、 場所を広島へと移し、平和への祈りを込めた開催となりました。初日 は参加合唱団を4つに分けて各講師のアトリエを開催、演奏会中心の 2日目は、平和記念公園で浅井全日本理事長指揮の「ひろしま平和の歌」 で幕開けることとなりました。
朝から日差しと共に蝉時雨が激しく降り注ぐ中、私たちはまだ青い銀杏 の実を見上げながら、川を渡り平和記念公園へと辿り着きました。そこ で歌われる子供たちの平和の歌を聴いていると、私たち自身にも、私た ちの取り組む合唱にも、重要なミッションが託されているような気がしました。

本年は海外からの3団体を含め合計18団体が集い、それぞれ大変素晴 らしい演奏が披露されましたので、まず各団ごとに私の感想を記したいと思います。

【宝塚少年少女合唱団】
…興味深い地元兵庫県の民謡(千原英喜作曲)と、効果的な並び直しをして の楽しい「宝探しの歌」でした。いずれも明るい響きと無理のない自然な 表情で歌われており、美しく演奏会のトップを飾ってくれました。
【山陰少年少女合唱団リトルフェニックス】
…「さくら」はしっとりと日本の情緒を表現、「手紙」はよく練習した 美しい手話を交えて感動を膨らませてくれました。
【かしま少年少女合唱段「虹kids」】
…最初の3曲がアカペラで最後が伴奏付の曲でしたが、圧倒的にアカペ ラ歌唱に相応しい美しい声をしていますから、アカペラ練習を増やすと もっともっと良さが発揮されるように思いました。
【安田学園安田女子中学校合唱部】
…上品で丁寧な音楽作り。難曲をしっかり歌い上げ、ひたむきで真面目 な取組を見せてくれました。もう少し全体的に脱力して声を解放すると 表現に更なる幅が生まれるかもしれません。
【広東実験中学校合唱団】
…世界のトップレベルの素晴らしい演奏で した。個人の表現であるソロも、全体の連携であるアンサンブルも見事。 ステージ全体を使ってもただのマスゲームにならず、一人一人が足の底か ら身体全体に表現が充満しているようにも感じました。タイプの違う曲を それぞれの表情で見事に歌い上げました。
【善通寺少年少女合唱団】
…明るく素直な歌唱でした。よく練習された動きも揃い、子供たちの笑顔 輝く大変楽しいステージでした。ステージ上での配色のバランスを考慮さ れても良いかなと思いました。
【首里少年少女合唱団】
…沖縄の合唱団らしい選曲と優しい気持ち、祈りの気持ちも伝わってきま した。もう少し声量がついて、発音がはっきりし、フレーズのおさめをき っちり出来るとぐっと上達します。
【佐々町少年少女合唱団】
…長崎という土地の歴史的な意味を含めて思いを馳せることが出来る選曲、 歌唱でした。しっかりとメッセージが篭った歌声を聞かせてもらいました。
【Voice of Young Hiroshima】
…素直で優しい歌声。物語を聞くような素敵な演奏でした。広島の子供た ちが集まり、平和のメッセージの篭った曲を世界に向けて歌ってくれると いうことは本当に意義深いことでした。

【台北榮星合唱団】
…遊び歌は特に興味深いものでした。音楽の表情をよくつかんで、しっかり 丁寧に歌えていました。もう少し深い声作りや、音程の揃いがあると次のレ ベルの合唱が出来るでしょう。
【倉敷少年少女合唱団】
…難易度の高い曲をよく歌えていました。発声はアカペラの場合はもう少し 明るい響きのほうがハーモニーの向上に繋がると思います。999も楽しい 演出でした。
【ジュニアコーラス「美」】
…沖縄らしい選曲。チームワークもよく、やさしくきれいな歌声であったと 思います。あとは言葉のセンテンスで切れぬようフレージングの工夫があれ ばと思いました。
【益田市ジュニア合唱団】
…明るくのびやかな声。明瞭で丁寧な発音を心がけておられました。耳を使 う習慣を付けられるとさらにぐっと音楽が変わると思いました。
【アンジェルス児童合唱団】
…曲の内容とは無関係に大変素晴らしい「メッセージ性」を感じました。 上手いとか上手くないということ以前に、子供らの年代の差をしっかりと 「音楽が繋いでいること」は見事です。このことが長く続く児童合唱の意義 として最も大切なことではないかと思いました。愛情に満ちた楽しすぎる舞 台でしたが、無理な作り事がなく、表情が豊かに溢れ、指導者の視座の確か さに敬服しました。
【ことり児童合唱団】
…少人数でもよく頑張っておられました。明るい表情で、音も言葉も丁 寧に指導されておられる様子がよく分かりました。音楽の方向性も非常に的確。
【サビエル記念聖堂少年少女合唱団ステラ】
…祈りの場所で歌っているだけあってラテン語の曲も的確な表現であったと 思います。ポリフォニーらしい躍動感が欲しい場面もありましたが、どの場 面でも祈りの音楽を聞かせてもらいました。
【NHK福岡児童合唱団MIRAI】
…伸びやかな歌唱、明るい響き、丁寧な発音、どれをとっても楽しい演奏で した。人数が多いだけでなく、的確で音楽的な内容の濃い指導をされている ことが伺えます。バリエーション豊かな曲を立派に演奏されていました。
【リヨン少年合唱団】
…年齢層もあり奥行きのある見事な演奏を披露してもらいました。声はナチュ ラルで無理のないものでしたが、選曲の中ではもう少し深い音色を使ったほう が良いかもしれないと思う場面もありました。しかし、美しく楽しく、パフォ ーマンスの中にゆとりと洗練された品位を感じるものでした。

さて、演奏会の途中で挟まれた各アトリエの発表会にもコメントしておきたい と思います。
【■Sanna Valvanne(サンナ・ヴァルヴァンヌ)教室】
マオリ民謡のTutira maiは私も別のアレンジで取り組んだことのある曲ですが、 とっても楽しい振り付けとパフォーマンスでした。冒頭の発声練習とともに、 彼女が高い志と豊富な経験によって子供たちを虜にする世界トップクラスの素 晴らしい指導者であることが分かります。素晴らしい存在感で、私たちにもた くさんのことを示唆してくれました。
【■jJean-Francois Duchamp(ジャン・フランソワ・デュション)教室】
これまたびっくり。何しろみんなでフランス語を歌っているではありませんか? リミッターを感じるのは大人のみであり、子供は国境や言語など軽がると越え ていくものなのでしょうねえ。自然体で、作為の過ぎない情趣を引き出した演 奏でした。
【■松下耕教室】
とっても楽しい「紀の国のこどもうた3」から「ことばあそび」でした。まだ 恥ずかしさの混じったリハーサルを見せてもらいましたが、本番では村長の死 にざまあっぱれ、迫真の演技に会場も客席も大盛り上がりでした。曲の面白さ にしても子供たちを引きつけてやまない指導力にしても「日本の合唱界に松下 耕」あり、世界を飛び回る耕先生は世界中の人気者に違いありません。やはり 楽しい「松下教室」でした。
【■伊東恵司教室】
今回初講師の私でしたが、実はこの数年間京都で「わらべうた」や「遊び歌」 を中心にした取り組みをしています(大学生と一緒に新しい京都のわらべ歌を 作ったりも)。今回は初演に関わった「きょうはきょうきょう(北川昇曲)」 (〜西日本のわらべうたを中心に、子供の歌を繋いで合唱エチュードやシアタ ーピース的な組曲として編曲〜)を取り上げました。私の少年時代ですら、子 供たちは路地裏で「かごめかごめ」や「花いちもんめ」をして遊んだものです。 ちょっと好きだった異性の子と手をつないだときの「どきどき感」を覚えてら れる方もおられますよね(笑)。最近は路地裏や空き地が減り、外で声を出し たり歌を歌いながら遊ぶ子供たちの姿がほとんど見られませんが、合唱以前の 問題として、歌で季節感や情緒を伝え、子供たちが手をつないで歌える環境を 残していくことが大人たちの責務なのではと考えています。
アトリエでは少しシアターピースふうにひと昔前の「子供たちの夕方の風景」 をイメージして演奏してみましたが、最初は動きに戸惑っていた子供たちが、 手を繋ぎ、どんどん積極的に自ら動きだしていく様子が楽しかったです。

さて、フェスティバル全体を通して感じたことについて述べたいと思います。
このフェスティバルは素晴らしいことに、賞のために競うコンクールではあ りません。私はコンクールの仕組を全否定する者ではありませんが、この枠 組みは大切だと思います。しかし、果たしてこのことが示唆することは何で しょうか?…音楽が順位付けで決まるのではないというメッセージは当然の こととして、私はこのことは個性やアプローチの試行錯誤、答えの多様性と いうものにもっともっと目を向けてはどうかという問い掛けでもあると思う のです。そうなると指導者の責務はますます大きいわけです。目の前に人参 をぶら下げ号令をかけるのではなく、合唱団の活動や取組にビジョンを持つ こと、そのビジョンに応じた曲選び、声作り、アイデア、工夫というものを 意識していく必要があるということでしょう。つまり正解が一つでない分、 より多くのものへの関心や研究が必要になるのかもしれません。例えば、 古いレパートリーが良くないとかということではありませんが、レパートリー やアレンジの選択にしても、古今東西のものにあたった上での選択であった ならば、もっと子供らの可能性を引き出せると思えるような場面があったか もしれません。合唱を取り巻く環境、何色にでも染まりうる子供たちのメン タルや人数の変化にも敏感に対応してレパートリーを研究する必要もあるで しょう。
またもう一つ気になったこととして、これは答えがなくて難しいのですが、 例えば柔軟性とでもいうようなことについてです。子供だから経験値が少な いということもあり、緊張感がそのようにさせるのですが、何となく練習し てきたことや、決められた約束事を守るということを乗り越えてのびのび表 現するということが難しく、そこをどうしたら乗り越えられるのだろうか、 考えたくなる場面もありました。裏を返すと子供たちはお行儀良く育てられ ているということで、そのこと自体は合唱をしていく上で、決してマイナス ではないし、舞台でも振り付けや練習してきた表情作りのようなものは大変 素晴らしいのですが、あくまでも「音楽表現の中」において自然とこぼれて くる「柔和さ」や「しなやかさ」がもっとあっても…、と思うこともあるの です。これについては「合唱とは」という議論はもちろん、教育システムや 社会システムや民族性の問題まで総動員しながら考えねばならないことなの かもしれませんし、私自身も研究、試行錯誤していきたいと思っている課題 ではあります。しかし、いくつかの演奏例、場面を見ていると、例えば縦の つながりや上級生の役割意識のようなものを上手く使ったり、合唱団相互の 交流を深めることによってある程度克服出来る可能性があるのではないかと 思ったりもしました。先生の指示を先輩が咀嚼して実践する、発達段階のメ ンタルに合った役割を担いながら全体のことを想像する、他の団体と交流し ながらいくつかの表現方法があることを知る…というプロセスと、「人と共 に声を合わせて歌う」「自分の中にある様々な感情に気づき、自分の声でそ れを表現する」という合唱のイントロダクションや初期スキル獲得をコミッ トさせていく考え方とも言えます。例えばサンヌ先生によるオープンシンギン グにはそれについての大きなヒントがあったように思います。彼女の指導は決 して個性や人柄ということだけに還元されるのではなく、子供自らに気づか せること、そしてその気づきを合唱の導入とか表現の導入、スキル獲得に結 び付けて生かすこと…のヒントがあり、一般化出来るメソード、メカニズム として確立されていたように思いました。これについてはまた自分自身もじ っくりと分析し、考えてみたいと思っています。いずれにしてもそこに向け ての私を含めて指導者の責務は大きいようです。子供に教えられ、子供の可 能性を感じ、新たな意欲にも駆られた楽しい二日間となったのでした。

最後に、戦後65周年を記念して広島で開催されたことはいろんな意味で大 きかったと思います。平和を意識したレパートリーが多かったことや、例年 より西日本からの参加者が多かったこともそうでしょう。しかし我々は決し てこれを特殊なメモリアルイベントとして捉えるばかりであってはならない と思います。このグローバルな時代において、我々は戦争が過去のものでは なく、世界中でなお繰り返されているものであり、多くの人や子供たちの生 命が今なお危険にさらされていることに思いを馳せないといけないでしょう。 そのために合唱に出来ることがあるのではないか、合唱を通してはぐくむ「 子供の心」についてもっともっと研究し、試行錯誤しないといけないのではな いでしょうか?
広島はそのことに気づかせてくれるきっかけでもありました。子供たちの歌 声と夏の白い雲は、そのように語りかけていたようにも思います。

2010年『ハーモニー 秋号』より
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