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秋のメヌエット

高校生の頃、モーパッサンの『メヌエット』という掌編小説が気に入って「一体どんな 舞踏だったのか?」ということが気になりながらも次第に忘れてしまっていたのですが、 実に30年以上の年月を経たこの秋、気が付くと自らメヌエット(の基本ステップのみですが) を躍るという体験をしておりました。
実は前から少し聞き齧っていたカール・オルフの教育理念について調べているうちにある セミナーを見つけ、こっそり申し込んでみるとたまたまメヌエットを素材にした単元があり、 私は音楽に合わせてひたすら古風で上品な舞踏を繰り返していたのでした。オルフの残した 教育理念とアイデアは、「音楽教育は幼児期の母国語での歌や遊びに源流があるべき」「歌 、踊り、言葉、その他の芸術が大きな一つの分野として認知されるべき」「個人的体験に終始 せずグループ体験であるべき」「常に創造的な取り組みであるべき」等の言葉に代表される かと思います。いずれも本質的なことばかりですが、むしろ、決してハウツーや上達テクニ ックではなく、「理念」とそれに基づく「アイデア」であることが重要だと感じています。 その意味ではコダーイシステムもマリー・シェーファーの試みやジョン・ケージの実験等も 同様に音楽教育に示唆を与えてくれるものと言えるでしょう。
さて、私たちは誰に向けて何をしていくべきでしょうか?、芸術家としての個人でなく合唱 指揮者協会としての課題は何でしょうか?…私はそのひとつは、すでに趣味や生きがいとし て合唱を選択してくれた人を相手にするだけではなく、その以前の教育プロセスにいかに合 唱や合唱指導者が食い込んでいくかということにあると考えています。例えば、学校音楽の 中における合唱の扱われ方、指導者の指導力の底上げ、というようなことが議論されても良 いのかもしれません。「言語を伴う」ことと「2名以上が集まって作る」ことが特徴である 「合唱」は「人を育てる」ものであり、その教育的効用について考えることは合唱界活性化 への近道にもなると思っています。つまり目先のテクニックではなく「合唱では何が出来る のか」という視座を持った取り組みを探りたいと思うのです。
…手を取る、お辞儀する、ステップを踏む…『メヌエット体験』は素敵でした。他方でカラ オケ音源のスイッチを押して「もっと元気に」と声を荒げるしかない小学校の音楽授業をた くさん見て来ましたが、「みんなで歌うこと」をどのような体験から自然に少年少女たちの 身体に刻印していくのか…、一緒に考えたいですね。

2016年『合唱指揮者協会機関紙:コンタクト』より
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