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「クレーの絵本第1集」

京都大学音楽研究会ハイマート合唱団 サマーコンサートより

もうかれこれ20年以上も前の学生時代のことになります。 同志社グリークラブの学生指揮者を務めていた私は、1か月 間に渡るヨーロッパ演奏旅行の途中、スイスでのオフの一日 を迷わずベルンのクレー美術館(旧)で過ごしたことがあり ました。もともとクレーの絵が大好きだったのでスイスでは 美術館を楽しみにもしていたのですが、雨の中、開館と同時 に中に入り、迷路のような美術館をどきどきしながら進んで いったことをよく覚えています。クレーのバイオグラフィー に沿った展示を順番に回り、やがて戦争に伴う苦悩や病によ る苦痛の時代を経て、最後の三室くらいの行き止まりの部屋 に辿りつきました。そこにはシンプルな線だけによる「天使 の絵の連作」が並べて飾ってありました。人生の全てを賭け ての試行錯誤と格闘は、最晩年の天使の絵の連作に収斂され ていることに感動し、雨の日の平日、観光客もまばらな美術 館で立ち尽くしていたことを思い出します。

最近京都でも大規模な展覧会があったばかりですが、この名曲 「クレーの絵本」の源はクレーの絵画にあります。その絵画か ら谷川俊太郎が数々の名詩を残し、その詩に触発されて三善晃 が曲を作っております。…この美しい芸術家たちのリレーの中 で、絵や言葉や音楽は混ざり合い、反発し合い、戯れ合ってい るようにも感じます。美しく澄んだ世界や情緒だけではなく、 時に滲み、少しずれ、傷つき、痛み、しかし傷口をさするよう に慰められ、気持ちが揺れ、温まり、息苦しくなり、ほっとし、 突然誰かと手を繋ぎたくなるような衝動に駆られ、また突然手 を離したくなり、絶望に首を振りたくなり、少しはにかみ、隠 れ、微笑み合い、孤独を感じ、孤独を愛し、抱きしめ、やはり 空を見上げたくなったり…そんな内奥からの感情の起伏が全体 の中から立ち現れてきます。この曲は、決して音や言葉だけで はなく、匂いや、湿度や、引き締まった空気の中にいる「人間 そのもの」を感じさせる名曲だと感じます。時空を超えてクレ ーの絵画からつむぎだされた言葉、そしてその言葉から触発さ れた三善晃の素晴らしい音楽、その循環のリレーバトンを受け 継ぎ、それを塊のようなメッセージとして歌い切る演奏が出来 ればと思っています。

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